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43話 銀杏と自転車

自転車をぬすんだ


なんてことないはなしだ


朝、はやく目が覚めて

白い空をみていたら

自転車を

ぬすんでみたく

なったんだ



鍋がふきだして

真っ赤なキムチの汁が

こぼれた


目の前で

わらっているあなたは

どこまで

ほんとう

なんだろう


わらいながら

鍋をつつき

なにも残らなくなると

半分も片づけないまま

外へ出た



銀杏並木を

ふらふらと

どこかにむかって

あるいている


街灯にてらされた

時計台の下で

ふいに立ち止まったあなたは


ここが自転車をぬすんだ場所だよ


とおしえた


土だけが

よく香っている


しめった

銀杏の葉が

あたたかい




ぬすんだあと

自転車は

誰かに

あげた


その誰かも

誰だったか

もう

忘れた


あなたは

やっぱり

わらっている


すこし

てれたように

でもたのしそうに

わらっている



それから

どこまでも続く

並木道を

歩いたのだった


足首をくすぐる

かさかさとした

銀杏の葉が


あなたに触れたいとおもう

この手のように


うとましかった



あなたの

横顔は

くらくて

よくみえなかった


ただ、

きっと

あなたは

かすかに

わらっているのだろう



☆☆☆


今朝

わたしは

自転車を

みつけた


黄色い

並木道の

ベンチの前に

立てかけてあった


わたしはそれに

またがった


よく磨かれた

自転車だった


銀杏は

もうほとんど

散っていた


葉も

きれいに

なくなっていた


でも

やっぱり

土は

よく

香っていた


あなたが

ぬすんだ

自転車


あなたが

いつか

誰かに

あげた

自転車


あなたが

いなく

なってから

ずっと

さがしていた

自転車


こんなところに

あったんだ














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