あくえりメモ_note___1_

辛い仕事もいつかは終わる

(約1650字)仕事では辛いことたくさんありますよね。たまに逃げてもいいけど、真摯に真正面から取り組めば、きっと成長や喜びに繋がります。

僕は普段、大企業向け法人営業の仕事をしている。

会社の代表として社内外と向き合う仕事なので、プロジェクトが上手く進んでお客様から感謝されるときの喜びは大きい一方、失敗や問題発生時の「しんどさ」もめちゃくちゃ大きい。

僕が新卒3年目の頃、担当プロジェクトが粗利赤字1億円を叩き出した。簡単に言えば、1億円で売る契約なのにコストが2億円掛かったということ。何でこうなるのか疑問だと思うけど、そこは置いておく。とりあえず、僕のせいではない。

また、新卒5年目の頃、当社で作ったシステムの品質が悪く、お客様の業務に大きな不都合を与えたことがあった。当然お客様からは会社としての厳しいクレームと叱責をいただくことになった。これも、僕のせいではない。

これらは、別に僕がどうにか出来たものじゃないけれど、「営業」という地位は不思議なもので「代表責任」を問われるものです。

社内外問わず、お偉い方十数名に囲まれ、細かい資料を用意して、事象の経緯や原因分析と対応策を説明し、何をいっても怒られる「辛い(そしてあまり本質的ではない)時間」を過ごさねばならない宿命です。

正直、僕はこういった戦後処理がすごく嫌いで苦手(好きな人はいないか…)なので、上手く上司を巻き込んで、矢面に立ってもらうことが多かった。平たく言えば、求められる役割を放棄して逃げてきたということ。それが、自分の心理的安全性確保に大事だと思っていた。


だけど、これらを通じて気が付いたことがある。

それは「辛い仕事もいつかは終わる」そして「辛い経験を乗り越えればよりよい未来や喜びが待っている」ということ。

僕に巻き込まれた上司は、確かに最初は辛そうだった。社内外から厳しい追及を受け、現場を守るためのスケープゴートになり、やってもいないことの責任を取らされるわけで。

でもそれは日にして一週間程度で、その誠実な態度と仕事ぶりを見た周囲の人が、自然と手助けや弁護をしてくれるようになった。追及していた張本人も、責めの言葉や論理が見つからなくなってきたのか、段々大人しくなってくる。人間は単純行動の繰り返しが苦手だ。

そして、数か月で赤字の処理やプロジェクトの修復の目途が立ち、問題が解決すると、後に残ったのは「強い絆」だった。

上司と、厳しく追及していた経営陣との間には、いつの間にか気軽に話せる関係が出来ていて、同じく厳しいお言葉を頂いたお客様からも「あのときは言い過ぎたよね~また頼むよ~」と、個別で新しい仕事をいただけるようになっていた。

僕はなんだかすごく悔しかった。

自分が怪我したくないから「焼石を放り投げた」つもりが、実は「熱したダイヤモンド」だったということ。本当なら僕が、経営陣ともお客様とも仲良くなれていたのかもしれない。そんなことを考えると余計に恥ずかしいしバカみたいだった。

(ちなみにダイヤモンドは熱に弱く 800 ℃程度で軟化するらしい。上記はあくまで喩えです)


これ以来、僕は「辛い責任や役割」から出来るだけ逃げないようにしてきた。もちろん一人では抱えきれないことはたくさんあるので、上司は巻き込む。それでも「自分事」として対処するよう心掛けている。

頑張っていれば社内外問わず、誰かが見ていて、そして助けてくれる。普通のオフィス業務であれば、命まで取られることはない。時間が解決してくれることも多い。

そして、頑張った姿はみんな覚えていて、必ず評価してくれている。カンカンに怒っていたお客様も、問題さえ解決すれば、距離は一気に近くなる。次の機会があれば、また相談してくれる。

大事なのは、とにかく逃げないこと。逃げたくなるくらい嫌なことはたくさんあるけど、気合を入れて真正面から取り組めば、後できっといいことがある。

選べるなら困難を選ぶ。貴重な人生、様々な経験に挑戦し、辛いことも苦しいことも乗り越えて、その先にある成長と喜びを掴みにいこう。

今の僕を形成した一つは、この姿勢だと思っている。

あくえり

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