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まさにその世界で、笑っていた無垢なアイツ


一歩進むごとに、過去の一歩が失くなっていく。
いつかこの場所もゼロになってしまうのだろう。
『霜柱を踏みながら 14』


その子は、名前の一部を取ってみんなから「シン」という愛称で呼ばれていた。高校の3年間を通して付かず離れずの友達だった。親友と呼べるほど親密ではなかったけど、常に振り向くとそこにシンはいた。シンは小柄で髪はショートカットで日焼けしたような小麦色の肌をしていた。顔は特別可愛いというわけでもなくかといってブスでもなく、平凡な顔だったように思う。でもどういうわけか妙に制服が似合っていなかった。紺のブレザーにプリーツスカートという誰でもそれなりに着こなせる制服だったにも関わらず、何がどうって説明はできないがなんか違うという感じて見ていた。ずっとそれが不思議だったけど、ある日その原因を発見した。シンは歩き方が男の子みたいだからだ。立ち姿も小柄なくせに男の子みたいにいつも立っている。男の子が女装したような雰囲気が原因なんじゃないかと思った。

「シン、もっと内股で肩張らないで歩いた方がいいよ」

私は不躾にそう忠告した。

「そう?でもずっとこれできちゃったしね、急には直らないよ」

シンは笑いながら返事をした。

笑い顔は子供がはにかむような笑い方で可愛いかった。

シンは遠くから学校に通っていて、電車とバスと自転車を駆使して1時間半ほどかけて通っていた。小学校の生徒が遠足で来るようなところに住んでいるのだと言っていた。私は知らなかったのだが、近くに有名な滝があるらしくて田舎だけどいいところだと自慢していた。私はすごく行ってみたくなって遊びに行ってもいいかと聞くと嬉しそうに「いいよ」と言うので日曜日にシンの家に行った。本当に山の中で隣の家も見渡さないと見えないくらい遠くにあり、小さな子供たちが木登りをして遊んでいた。ふと私は小学生の夏休みに預けられていた熊本の母の実家を思い出した。住むには退屈かもしれないが、時々遊びに来るにはとてもいいところだ。シンの住む家は典型的な田舎の家で広い庭があり土間があり和室が連なった大きな家だった。私が来るというので、シンのお母さんが奈良の名物でもある「茶粥」を作って待っていてくれた。茶粥を食べるのは初めてで、それが奈良の名物だということもこの時に知った。美味しくて何杯もおかわりをした。

湯気の向こうでシンとシンのお母さんが笑っていた。

「演劇やってるんですってね、凄いわね」とお母さんに話しかけられて「凄くないです。習い事みたいなもんです」と照れながら答える。照れてる私にお母さんから出た次の言葉はびっくりするようなものだった。

「シンのこと、何があっても見捨てないでやってね」

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