見出し画像

絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #29

  目次

「おやおや、おやおやおやおや、なんともはや、いやいや、これはこれは」
 震えるほどに内容のない感嘆を長々と吐き出した男は、ジアドがふんぞり返るソファの後ろに回り込むと、背もたれに肘をついた。
「数名で連携する〈原罪兵〉は一個小隊に匹敵する戦力だったのではなかったかな? それが? 蓋を開けてみれば? 一人たりとも殺せぬまま三名とも死んだと? おぉ、なんとも。いやいや、これは、なんともはや、聞きしに勝る精鋭ぶりではないかね? うん?」
 ジアドは前をじっと見たまま拳銃を抜き、背後に向けてトリガーを引いた。
 銃声。どさりと倒れる音。
「しかしアレだね、君の差配も理解できないことはないんだよ。あの痩せこけた少年の存在は完全に想定外だった。まさか生身のままたったひとりで〈原罪兵〉を殺せる子供がいるなどと、ははっ、まるでコミックのような存在じゃないか。彼がおデブくんを速攻で潰したりしなければ、愛しのギド氏と子供たちを包囲殲滅する目もあったんだがね。いや、あの老婆だけはそれでも生き残りそうかな? なんとなくそういう匂いを感じるよ、うむ、うむ。私の勘はすこぶるよく当たるんだ」
 別方向からコツコツと歩み寄ってくる人物は、ついさっきブラインドファイアで殺した男とまったく同じ姿をしていた。
 スリーピースのスーツを着こなした、洒脱な印象の壮年男性。完璧に整えられた髭が弓なりにカーブし、どこか瓢げた滑稽さを演出していた。
 白い手袋に包まれた手が打ち鳴らされ、同時にこちらを呼び掛けてくる。
 所作のすべてが徹底的に芝居がかっていた。
「ジアド、ジアド、ジアドくぅん、いいのかな? エッ? いやいやもちろんね、君がこの程度のことに平静を失うようなチンピラじゃないことは重々承知しているんだがね。このままナメられっぱなしというのはいささか、いささか〈紳士同盟〉の今後によろしくない影響を残すんじゃないかなぁ。私は実に心配性でねぇ、親友である君の」
 射殺。
「君の今後をいつも案じているんだよ。ここはひとつ君自身が」
 射殺。
「出張って、」
 射殺。
「その漆黒の罪業場の」
 射殺。
「恐ろしさと悍ましさを内外に知らしめてやるべきなんじゃぁないのかね? うん?」
「今ここでお見せしましょうか? 今ここでお見せしましょうか?」
「おやおや、おやおやおやおや、私の言動が気に障ったのならば心から謝罪させてくれ。アレを出されたら私のような根性なしは失禁して命乞いするよりほかにないのだよ。いやいやいやいや悪かった。許してくれたまえ。このとおりだ」
 ジアドの罪業場がぬばたまのごとき漆黒に染まっていったのは、〈紳士同盟〉の先代〈親父〉を四肢切断して嬲り殺した瞬間からであった。
 理由は特にない。ふと思い立ったからやった。誰しもいつもと違う道筋で通勤したくなることとてあるだろう。なんかそういう気分だったのだ。
 ところで先代〈親父〉は、〈親父〉であると同時にジアドとは血を分けた実の親子であったのだが、「父親を殺せば自分が後釜に座れる」などという打算は特になかった。〈原罪兵〉たちを束ね、罪を産出する肥やしとしてだけではない、新たな生きがいを与えようと気を配ってやるような立場は、正直なところ面倒なだけに思えた。
 だが――今では〈親父〉になって良かったと思っている。
 この奇妙な男と出会えたからだ。

【続く】

こちらもおススメ!


小説が面白ければフォロー頂けるとウレシイです。