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『かそけき彼の地のエリクシル』 #5 終

  目次

 どれくらいの時が経ったのだろうか。
 フィンは、誰かの小脇に抱えられている自分を発見する。

「うぅ……」

 眼を瞬かせ、現状の把握に努める。
 体が揺れている。どうやらフィンを抱えている人物は全力で走っているようだ。
 どこか遠くで、銃声が瞬いている。
 そこで急速に意識が覚醒する。

「いかないと……みんな……」
「准尉。気が付いたか、大馬鹿者め」

 聞き慣れた声。アバツの声だ。

「い、いかないと……まだみんな戦ってるであります!」
「許可できない。准尉は撤退しろ」
「い、いやであります! 小官も戦うであります!」
「貴様も軍人なら上官の命令に従え。こんな初歩的なことを今更言わせるな」
「うぅ……」

 それを言われると反論できなくなる。

「絶滅級が出張ってきた以上、准尉がいようといなかろうと、連隊の消滅は確定している。ならばお前だけは生かす。これは連隊の総意だ」
「どうして……どうしてそんなこと言うでありますか! 小官も連隊の一員であります! 生きるも死ぬも一緒だと、いつも言ってたのに……」

 アバツは走り続ける。背後の銃声が、徐々に散発的になってゆく。

「セツを取り巻く情勢は厳しさを増し、軍人として、指揮官として、意に沿わぬ決断を山ほど強いられてきた。守るべき人々を見捨て、部下ごと敵を爆殺し、お前のような子供を戦場に立たせる。何一つ納得などしていない。だが俺はそれを決断した。俺が、決断したのだ」

 巨大な手が伸びてきて、フィンの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。

「我らセツ人は、功利主義より説得力のある正義をついに発明できなかった。そして恐らくは、このまま滅ぼされてゆく」

 足が、止まった。いつのまにか、銃声は止んでいる。
 両脇に手を差し込まれ、抱き上げられた。
 正面から見合う。顔傷の入った厳めしい顔が、ふと、父親の表情を浮かべた。

「だからこそ。フィン、お前は……お前だけは、滅びゆく良き人々のそばに寄り添え。手を握り、最期まで一人ではないのだと囁きかけられる、優しき戦士となれ。軍規や、理屈や、しがらみに囚われず、牙なき人の明日のため、最後の希望でありつづけろ」

 そして、狭い排水口の中に、フィンを押し込んだ。

「あ……」

 そこは子供一人がようやく通れるだけの、狭い管であった。

「カイン人は潔癖症だ。よほどの理由がない限り、セツの下水路には近づかんだろう。そこからどうにかして脱出しろ」

 フィンは手足を突っ張らせて、滑り落ちそうになる体を支えた。

「そ、それなら、連隊長どのも一緒に……」

 ずちゅ、と音がして。
 凶悪な逆棘を備えた剣が、アバツの胸板から生えてきた。
 口から、鮮血が溢れ出る。

「い……け……フィン……」

 掌が伸びてきてフィンの体を突き飛ばした。

「あ……あぁ……っ」

 闇の中へと、滑落してゆく。
 大きな眼から、涙が溢れ出てきた。

「いやだ……やだやだやだ……連隊長……ちちうえーーっ!!」

 急速に遠ざかってゆく光に向かって、声を嗄らし叫ぶ。
 体を包む浮遊感。
 フィンは歯を食いしばり、ぎゅっと目を閉じた。
 熱い塊が喉を塞ぎ、体がバラバラになりそうな気がした。
 両腕で顔を覆い、体を丸め、泣きじゃくった。
 何も考えたくなかった。何も見たくなかった。このまま消えてしまいたいと思った。
 しばらく浮遊感に身を任せたのち――

 ――どういうわけか、全身が光に包み込まれているのを、まぶた越しに感じた。

「え……」

 何ごとかと泣き腫らした目を開けようとした瞬間。
 フィンの体は硬い地面の上に投げ出された。

「い……っ、つ……」

 てっきり下水の中に落ちるものと思っていたので、着地に失敗。背中を打ってしまった。
 呻きながら、地面に手を突く。

「え……」

 掌に、苔の感触。
 見ると、辺り一面に緑の絨毯が広がっている。

「人工バイオーム……?」

 カインの汚染が進む世界で、草や樹木が生き残っているのは、人工的に環境が整えられた屋内庭園のみである。
 だけど、妙だ。排水口から庭園に繋がるなんてありうるんだろうか?
 立ち上がって、周囲を見渡す。

「っ!?」

 そこは、あまりにも、あまりにも巨大な樹木によって形成された、深い森の中であった。
 樹木のひとつひとつが、フィンの知るいかなる建造物よりも高い。
 どこか青みがかった静謐な空気が、フィンの小さな体をひんやりと包んでいる。ぼんやりと緑に発光する粒子が、魚の群れのように漂っていた。
 広い。というか、広すぎる。天井が見えない。
 周囲を見渡し、全方位がことごとく自然に満たされていることに驚愕する。

「ここは……!?」

 これほど巨大な人工バイオームなど聞いたこともない。こんなものを造る余裕などセツ人にあるとは思えない。
 何がどうなっているのか、まるでわからない。
 頭がぐるぐる無意味に回転し、葉の薫る風と、小鳥のさえずりと、わずかに降り注ぐ太陽と、眩い新緑の煌めきを前に、へなへなと腰の力が抜け、崩れ落ちた。

「一体、どうなってるでありますか……」

 呆然と、つぶやく。
 応えてくれそうな者など、そこにはいなかった。

 システムメッセージ:主人公名鑑が更新されました。
◆銀◆主人公名鑑#1【フィン・インペトゥス】◆戦◆
 十歳 男 戦闘能力評価:B+
 少年軍人。生真面目。仔犬系男子。「であります」口調で喋る。
 ファンタジー戦記ノベル『かそけき彼の地のエリクシル』の主人公。錬金術の粋を結集して作り上げられた改造人間。五種類の錬成登録兵装と七体の戦術妖精を運用し、中距離での戦域支配や火力支援に長ける。しかし単独での戦闘能力は主人公としては低め。誰かと組むことで初めて真価を発揮するタイプ。原作では世界も自国も詰んでおり、滅亡待ったなしの状況である。いち分隊長として極めて過酷かつ展望のない戦いを強いられていたが、亡き父より受け継いだ「牙なき人々の明日のため、身命を使い果たすべし」との信念に基づき、涙をぬぐいながら擦り切れるまで戦い続けるさだめ……だった(過去形)。
 所持補正
・『逆境系主人公』 因果干渉系 影響度:B
 生涯を過酷な戦いに捧げるさだめの主人公補正。フィンの人生は常に苦闘の連続である。楽な戦いは一度としてなく、敵は基本的に格上である。しかし彼は決して心折れることなく、圧倒的な悪に立ち向かう。自分より戦闘能力評価の高い敵との戦闘において、勝率と生存率にプラス補正がつく。しかし必勝を約束するほどのものではない。
・『■■を■に■■■』 因果干渉系 影響度:■
 ■■な■いの■で■われた■に■する■■。フィンと■■■な■■をもったキャラクター■■に■■の■い■■■■■が■つ。■ち■り■■では■■■を■■■ることも■■だが、ほとんどの■■■■できない。■を■ててでも■■たかった■■■■■を■■■■■■■さだめ。■■■■ごとに■■■■で■たな■■に■■し、■を■した■を■ち■す。■んでいたはずの■は、■■で■ってゆく。
・『■■■■■■』 世界変革系 影響度:■
 ■■■に■■である『かそけき彼の地のエリクシル』の■■■■としてのさだめ。フィンは■■に■■を■き■すが、いかなる■■での■■も■に■れられず、■■■■■として■われることはない。■の■■にあるのは■と■■の■のみ。

【続く】

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