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絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #51

  目次

「俺さ、弟や妹たちに、罪を吐き出す以外の生き方をさせたいんだ。食い物を巡って殺しあって奪い合って、お上が望む罪業を吐き出して死ぬだけなんざ、生きてるとは言わねえ。もっと、なんかこう、なんつったらいいのかわかんねえけどさ、生まれて死ぬまで食いてえやりてえ以外に考えることが何もないなんてさ、なんか、なんかさ、俺たちである意味がなくないかって思うんだよ。俺たちの、この胸に走る痛みや、苦しみや、誰かを大事に思う気持ちや、気に入らねえけど罪業場をキレイだって思う心はさ、なんかもっとこう、本当は別のことをするために備わってるもんなんじゃねえのかって、思うんだ。そりゃあ、感じる心がなければ、ぶっ殺されたときに罪業が発生しないっていう理屈はわかるんだけどさ、それにしちゃ無駄が多すぎないか? なんで俺たちの心はこんなに強いんだ・・・・・・・・・・・・・・・・・? 苦痛や、逆境に歯ぁ食いしばって立ち向かい、生きたり死んだりしてさ、俺たちの存在価値が罪業を生むだけだってんなら、これ無駄じゃないか? 立ち向かう勇気なんてもん、なくてよくないか? なんでこんなもんが、俺たちの脳みそに備わってるんだ? そう考えたらさ、俺たちやっぱ柄じゃないことさせられてんじゃねえかなって、そう思うんだよ」
 アーカロトは、目を細めた。
「そうだね。選択淘汰による進化には万単位の年月がかかる。たかが七千年程度の時間経過では、人類のアプリオリな肉体は自分たちがいまだに野山を駆けながら投げ槍でマンモスを狩っていると思っている。人類を取り巻く今の環境は、人類の本質とは無関係に強制されたものだ」
「あ? あー、なんかよくわかんねえけどよ、だったらもうちょい俺たちの本質に合った世界になんねえのかなって思ってさ。ババァの野望がその道筋になるかはわかんねえ。けど、あいつは無茶苦茶に見えて徹頭徹尾打算で動く奴だ。勝算のない自己満足な戦いなんて絶対しない。そこだけは信頼してる。だから、まぁ、賭けてみようかなって。ババァは死ねばいいと思うけど、チビどもは俺が守んねえとなって。……うぉい、笑うなっつったろうが」
 アーカロトは、無意識のうちに口元が綻んでいることに気づいた。
「笑わないよ」
 だけど、表情を直しはしなかった。
「……笑わないさ」
「笑ってんじゃねーか」
 火傷が刻まれた顔に、初めて年相応の笑顔が灯った気がした。
 次の瞬間。
 それ・・はそこにいた。
 艶やかでおぞましい、触手の群れのようにゆらめく黒炎を纏いながら。
 予兆と言えるものなど何一つないまま。
 あまりにも唐突に、それ・・はそこにいた。
 どこを見ているのかよくわからない虚ろな瞳が彷徨い、ぬるりとした動作で手が伸びてくる。決して早くはないはずなのに、それがいつ始まったのか、動きの起こりをまったく認識できない。
「……ッ! ゼグッ!」
 言われるまでもなく、少年は現れたモノから飛び退り、即座に拳銃を発砲。
 尋常な物理定数と因果律が砕け散る、戦慄をもたらす異音。
 弾丸はその肉体にめり込みもせず、跳弾と化していずこへかと飛び去って行った。
 秀麗な眉目の青年の姿をした怪物が、そこにいた。

【続く】

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