見出し画像

絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #50

  目次

 ライフルを肩に担ぎ、老婆は底光りする目で女たちを見下す。
「な……なにを……」
「あなた、誰なんですか?」
「どうやってここに……」
「どうやって? 〈原罪兵〉とその子飼いのチンピラどもが詰めている中どうやってこの大部屋に侵入できたの、ときたか? 全員殺したよ・・・・・・
 瞬間、数十名いるはずの大部屋が、しんと静まり返った。
 踏みつけられているゼグは、その沈黙に何か禍々しいものを感じた。
 どうしてみんな黙っているんだ。俺たちを監禁し、慰み者にしてきた連中が、みんな死んだっていうのに。
 歓喜を爆発させて、涙とともに喜び合うところじゃないのか。
「被害者の立場は楽だったか? 自己憐憫に浸りながら食う餌は旨かったか? まったくどいつもこいつも色艶の良い肌しやがって、優雅な暮らしぶりだなァ、おい?」
 え?
「連中、骨と皮だけの女を抱く趣味はなかったらしいなぁ。ええ? おい、ぼうや。お前の母親と、この女どもはな、今までの暮らしぶりが気に入っていたんだよ。男に股開いてりゃ飢える心配せずに済むんだからな。今の時代、こんな楽な生き方はないよ」
 なにを。
「こいつらの食い扶持を稼ぐために、〈原罪兵〉どもはどれだけ殺しまくったんだろうねぇ。間違いなく人数の五倍は殺して配給券を強奪しないと賄えないだろうねぇ。こいつらは自分の手を汚さずに他人の生き血を啜って肥え太って被害者面しながらお前みたいな役にも立たないガキを無駄に飼育するゆとりまで持ってたわけだ。どうしてなかなか、大した悪党じゃないか」
「そんなの……! 私たちにどうしろって言うんですか……! あんな恐ろしい奴らに脅されて、体を差し出すしかなくて……逆らったら殺されるにきまってるじゃないですか!」
「このババァ一匹に皆殺しにされるような連中相手に? この人数が? 何もできなかったと? だからてめーらは女未満なんだよダボが。女として生まれたことをハンデとしか思ってねーんだろどーせ? 下らん生き物が。どこなりと好きな場所に行って、好きに野垂れ死にな」
 老婆は唾棄すると、ゼグを見下ろしてきた。
「男の思い通りになる女なんざいない。もしいたとしたら、ここにいるクソどもみたいな女未満だけだ。よく覚えときな、ぼうや」
 一瞬、あっけにとられたゼグであったが、それでも己を踏みつける老婆こそが母の仇である事実に違いはなかった。
「たまれ……! ほろひてやる、ほろひてやるよ……!」
 全霊の憎悪を込めて、睨みつけた。
 老婆はそのさまを片目だけ見開いて観察し、やがて酷薄な嗤笑を浮かべた。

 ●

「あのババァは、母ちゃんの仇で、命の恩人だ」
 機動牢獄を殲滅し終わり、空中を滑るように移動する絶罪支援機動ユニットの背中で、ゼグはぽつりぽつりと語った。
「許す気はねぇ。あいつも〈原罪兵〉と同じクソ大人だ。死ねばせいせいするだろうさ。だけどな……」
 大気にかすむ〈栄光〉セフィラの街並みを眼下に、ゼグは物憂げだ。
「ゼグ、この際、罪業にまつわるあれこれは度外視して、君がどう生きたいかだけ語ってみてくれないか」
「……聞いて、笑うなよ」
 頬をかき、しばしためらってからゼグは口を開いた。

【続く】

こちらもオススメ!


小説が面白ければフォロー頂けるとウレシイです。