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絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #47

  目次

 本体の周囲に浮遊する節足たちが関節ごとに分解され、接続端子が露出する。そしてアーカロトとゼグの周囲を飛び交いながらまったく異なる形に再構築される。
 瞬間――絶罪支援機動ユニットはその場でバレルロールした。
「は……?」
 視界が一変する。同時に耳を聾する大気の咆哮が消え去った。
 極彩色の炎が無限に揺らめく、万華鏡のごとき世界が、一面に広がっていた。すべてが陽炎の向こうにあるかのように不安定に揺蕩っている。無数の樹状構造が早回しで形作られたかと思えば、一瞬で崩壊して無数の粒子に変わり、嵐となって吹き荒れ、やがて凝固して幾筋かの流星となってアーカロトのすぐそばを奔り抜けていった。
 再びバレルロールすると、視界は尋常な有様を取り戻す。耳元をごうごうと風がやかましく通り過ぎてゆく。
「今の何だ!?」
「気にするな。ただの異世界だ」
 基準界面下、と言うが、説明しても理解してもらえるまでに時間がかかりそうなのでスルーする。
 界面下に潜航することで、拡散する荷電粒子の弾幕をやり過ごし、物質世界に帰還したのだ。
 さて――どうするか。
 機動牢獄たちを殲滅する必要は、ない。このまま逃げ去ってしまえばいい。長居は無用だ。
 だが、彼らを放置していけば、行きがけの駄賃に周辺住民を虐殺凌辱するであろうことは疑いようがない。
 とはいえそれ自体も、この世界を熱的死から少しでも遠ざけるために必要なことと言えなくはない。
 ただしいことを、規定できない。
 食料の不足、罪人の暴虐――それらと並ぶ、絶望的な宿阿。何も正しくなく、何も間違っていない。
 所詮は旧世界からの客人に過ぎないアーカロトには、判断のしようもない事柄だった。
「……ゼグ。君の意見を聞いておこう。彼らを、どうしてほしい?」
「おい、ここで俺に投げるのかよ」
「僕は絶罪規定に縛られている身だ。君は僕の導き手ではないけれど、この時代の住民として、僕自身の個人的な倫理観よりは、妥当な判断ができると思う」
 ゼグは唸り、頭をかく。周囲を乱舞する光線が、その顔を照らす。
「それ、今すぐ答えなきゃダメか?」
「別に。こんな亜光速の砲撃なんか何億発撃たれようと当たるわけないし、ゆっくり悩んでくれていいけど」
 腕を組み、こちらを睨む。鋭い三白眼が突き付けられる。
「……俺はよ、クソな大人が嫌いなんだよ。肉団子の性質とか、〈法務院〉の大義とか、そんなもんどうでもいいや。〈原罪兵〉も、それに毛が生えた機動牢獄も、全部クソくらえだぜ。それで滅ぶってんなら、いいさ、滅んでやるよ。あいつらにへーこらして生きるよかマシってもんだぜ」

 ――俺たちは……
 ――俺たちは、滅ばねばならなかったのだ。
 ――誇りを、品性を、温もりを、罪業の供物として捧げる前に……決して、幸福など掴めはしないと気付く前に……
 ――せめて、魂は美しいうちに……滅ばねばならなかったのだ。

 脳裏に残る、その言葉。
 ゼグもまた、何かを喪って、今ここにいるのだろうか。
「……わかった。君の意見を採ろう。目につく機動牢獄はとりあえず殲滅する。その後は〈法務院〉を崩壊させる方向で、僕は動こう」
 ギドの社会転覆プランに、全面的に協力する意思を、固めた。

【続く】

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