閉鎖戦術級魔導征圧者決定戦 #19
これは、何を意味するのか。
これまで断続的に襲いかかってきていた攻撃は、恐らくはただレンシルをこの場につなぎ止めておくための虚構なのだ。そして、結界内に刻々と数を増してゆく呪弾式の群れ。
剣では対処しきれぬほどの数が溜まったその時。無数の攻撃意志の固体的な顕われは、一斉に牙を剥くのだろう。あらゆる角度から一息で襲来するのだろう。そのときは、もはや遠くない。レンシルの仮想質量障壁など一瞬たりとも持ちこたえられまい。
「く……ッ」
球殻結界を斬り崩して脱出するよりないのか――?
そう思い、一歩踏み出そうと脚を動かした、その瞬間。
靴裏が直後に踏むであろう位置を呪弾式が打ち砕いた。あまりにも正確に。『出ることは許さぬ』。ウィバロのあからさまで勁烈な意思表示だ。
喉が詰まり、小さなうめきが出てきた。不可解にもほどがある。
何なの、これは。
なぜ私の一挙動にいたるまで、精密に予測ができるのだろう。
明らかにおかしい。
だが、そのことについて考え込む余裕などなかった。呪弾式の飛来の間隔がやや短くなったのだ。冷静な思考すらも許さず、嬲り殺す――
――ここは、処刑場だ。魔王が絶対権威をもって罪人を裁く、暴威の法廷。
逃走は許されない。抵抗は許されない。叛意は許されない。ただ、“そのとき”を待つことのみが、こちらに認められた権利。
不意に、結界の外にいるウィバロの姿が眼に入った。その口が動いた。何かを言っていた。音は伝播しなかったが、意味は判ぜられた。
――あぁ。
闘志が。覇気が。気概が。吹き散らされてゆく。諦めがレンシルを蝕み始める。
フィーエン君……ごめん。
空気が、変わる。
より一層、剣呑な意志を内包する魔力の流動が、周囲に満ち満ちる。抑えられていたウィバロの殺意が跳ね起きたのだ。極限まで結界内部に溜め込まれた無数の死刑執行者たちが飛び交っている。歓喜の唸りを上げながら、間もなく訪れる解放の刻に焦がれて。
来る。
破滅の暴雨が。私を屈服させるために。
体中の血液が逆流するかのような気分だった。
またなのか。また私は、この男に一方的に打ち砕かれるのか。一矢たりとも報いることなく、剣とともに意志をへし折られるのか。もうできることはないのか。
――本当に?
思い出せ。
私はなんのために三年間も引きこもっていたのか。なんのために昼夜剣を振り続けたのか。そしてこの男は三年間なにをしていたか。
――縮まっていないはずはない。三年前とは違う。確実に、できることは増えたはず。まだ手を尽くしたわけではない。すべてを出し尽くしたわけではない。
冴え冴えと冷たい刃が己の頭の中を通過し、よけいな感情のみを叩き斬っていったような気がした。人間はこれほど明敏な意識を持てるのかと、静かな驚きがあった。五つの感覚が受容する世界の情報がいっそう精度を増し、より明確に感得され、あたかも闘技場が狭くなったかのようだった。
突き動かされるように、口が動く。世界を意味付ける言語を発する。魔王を睨む。
ウィバロは両の腕を大きく広げていた。抱擁してくれる、というわけではないようだ。上下の口唇が不吉に歪み踊っている。魔導構文の詠唱。
負けじとレンシルも韻律の楽調を上げる。
二人の喉から発せられる唸りにも似た音階が、ひとつの独立した力学系を紡ぎ上げているかのようであった。
――はやく。
レンシルは疾走する思考の中で、それだけを意識した。
――どこまでも、はやく。
知覚加速。大気が粘度を帯び始める。薄い唇だけが別の生き物のように呪文を踊る。意味を構築してゆく。眼は強く強くウィバロに固定したまま。
――駆けろ。
難しいことなんてわからない。
――回れ。
そもそも、やり過ごすとか防ぐとか避けるとか。
――巡れ。
そういう考え方自体が駄目なのだ。
――無窮なる循環よ。
守りに入っていてこの男に勝てるものか。
――異なる系の落差により現出する熱量の揺らぎよ。
論理を。強力な論理を。魔王が定めた摂理を根底から破壊し尽くす説得力を!
――顕現せよ!
ウィバロが広げた両腕を勢い良く閉じた。無数の光が殺到してきた。そのひとつひとつがレンシルを完膚なきまでに打倒し、否定しうる威を秘めている。
視界がそれらに覆い尽くされた、まさにその瞬間。
レンシルは、華開いた。
●
いくつもの現象が同時に起こった。無数の爆光がエイレオの網膜を灼き、内側から斬り裂かれた“処刑場”が轟音を伴いながら崩壊した。紅く長大な剣閃は、鮮やにうねる紗幕のように――あるいは巨大な合弁花のように、幾重にも層を形作りながら舞台のほぼ全域を薙ぎ払っている。
開花。まさにそう呼ぶべき光景であった。
一瞬にして、ウィバロが組み立てた絶対の秩序は瓦解していた。
「こいつは……!?」
眼を見開いた。
何が起こったのか、エイレオにはわからなかった。突如として盛り咲いた紅い合弁花の中央、花柱の位置すべき場所には、両腕をだらりと投げ出したレンシルが佇んでいる。その両手には
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