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閉鎖戦術級魔導征圧者決定戦 #18

 

 半球状の巨大な結界が舞台の中央に顕現している。レンシルの姿はその内部だ。薄く輝く呪紋の骨格が無数に重なることで、結界は形を成していた。十三の回転円環が半球の表面を滑動しており、ひとつひとつの輪と連結している魔導的骨格はその動きを妨げぬために座標軸線の変動のような滑らかな変形と移動を行っていた。それ自体が非常に高度な術法である回転儀を十六個同時に展開し、うち十三を単なる部品としてより甚大なる構造結界に組み込む。もはや、導師級魔術士の中でも使いこなせる者はほとんど存在しないであろうそれは、超大規模敵性体封入式魔導砲撃支援機構。のちに“魔王の処刑場”と呼称されるこの複合呪式は、一度仕掛ければ確実に相手を撃滅する凶悪な使い勝手と、対戦相手が負う危険の大きさによって、数年後に魔法大会の規定で正式に禁止されてしまうこととなる。“魔王”の切り札の一つであった。
 ウィバロが腕を持ち上げ、掌から伸びる魔導旋条砲を半球へ向けた。
 撃発の光が瞬く。
 “処刑場”に組み込まれずに漂っていた三つの回転儀が、唐突に機敏かつ鋭角的な動きを見せる。ひとつは直後に呪弾式が通過するであろう位置に。残りふたつは結界の上の方に。
 破壊の光弾が宙を疾り、最初の輪の中に取り込まれた。円環は回転運動によってこれを保持し、“処刑場”へ投げ込んだ。魔導的骨格が柔軟に形を変え、半球の表面に開いた穴のような回転儀によって呪弾式は受け止められる。
 直後、半球結界内部を跳弾のように暴れ回った。十三の魔導円環がせわしなく動き、砲弾を受け取り、投げ返しているのだ。
 レンシルはそれを冷静にかわす。最小限の動きで。
 だが、ウィバロは断続的に呪弾式を撃ち続ける。魔王の目の前で浮遊する回転儀はそれらを“処刑場”放り込み続ける。そのたびに半球結界内部を飛び交う光弾の数は増してゆく。少しずつ、少しずつ。
 レンシルは結界内部を駆け回り、右に左に剣を閃かせる。回避が不可能な密度になる前に、ひとつひとつ潰してゆこうとしているのだろう。紅い軌跡が彼女の周りで踊る度に、魔術砲撃は斬り散らされ、魔力が爆発した。
 だが、根本的な解決になっていない。遠目にも、レンシルの麗貌で徐々に焦りが台頭してきているさまが見える。
「さっさとあそこから脱出しねえと……」
「えぇ、あの結界は非常に危険ですね」
「どぁっ!?」
 いきなり隣から応えがあった。一瞬フィーエンかと思ったが、声が違う。見ると、隣の席で小柄で痩身の男がこっちに微笑みかけている。
「やぁやぁどうも。レンシルさんの弟くん?」
「ベ、ベルクァート・パニエジ……!」
 晶魔術師ベルクァート。“結び閉ざす者”ベルクァート。
「そう警戒しないでくださいよ、弟くん」
「……エイレオだ。なにやってんだよこんなところで」
「いえね、我が愛しき人の勇姿を目に焼き付けておこうと思いまして」
 能天気とすら思える顔で、そんなことを言い放つ。
「……はい?」
「やはり魔術はね、人物のひとなりをも表しますし」
「あー、えー、え? つまり、なに?」
「いやぁー私はね、愛の誓いを交わすなら絶対に自分より背か高くて自分より強い人にしようと思ってましたし」
「いやいやいやいやそれはどっちかっつーと女の方が吐く台詞じゃないのかっていうか愛しき人ってひょっとしてまさか」
 まさかウィバロではないだろう。だとしたらあまりにもあんまりだ。
 となればもう一人の当事者であるところの……
「……あれを?」
 演舞のような立ち回りを見せるレンシルを、震える指で示す。全方位から撃ち込まれてくる呪弾式を迎撃するたびに、魔力の光沫が彼女を彩っている。
「あぁ……強く、気高く、美しい方です。理想の女性です」
 その顔は、その表情は、その眼は、心酔しきっていた。崇拝すらしていそうだった。
 エイレオは絶句する。あの精神年齢一桁な姉を、そういう風に見れる人間がいること自体に驚愕する。
「ええと、その、なんだ、ちょっと待て」
 眉間を揉みほぐしながら、掌をベルクァートに向ける。
「おや、大丈夫ですか?」
 取り乱したのは一瞬だ。おもむろに強張る顔を上げ、ベルクァートの肩をつかむ。
「悪いことは言わん」
 かつてなく真剣かつ切実な眼で、首を横に振りながら。
「あれだけはやめておけ」

 ●

 飛来する。飛来する。飛来する。
 呪弾式が襲い来る。
 振るう。振るう。振るう。
 魔導構造剣を振り回す。間断なく。間隙なく。
 風を斬る音が連続する。砲弾を打ち砕く音が連続する。刃の軌跡が重なり合い、球体を形成する。斬り砕かれた呪弾式が爆裂する爆裂する爆裂する。
 まずい、とは思っている。
 半球結界内部に投げ込まれる魔導砲弾の数は、ざっと見た限りではすでに二十を超えている。にもかかわらず、いまだに飛来する攻撃に対処しきれているのは、レンシルを狙ってくる数が異様に少ないためだ。砲撃の大部分は半球の内壁を駆け巡るばかりで、一向に撃ち込まれて来ない。

【続く】

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