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閉鎖戦術級魔導征圧者決定戦 #17

 

 目の前にウィバロがいた。ここへきてやっと、彼の眼がわずかに見開かれていた。
 即座に飛んで来た呪弾式を無造作に斬り捨てると、強烈に踏み込む。
 すでに剣の間合い。
 風を巻き込む閃撃が、掲げられていた魔導旋条砲を一撃のもとに葬り去った。凄まじい剣勢のあおりを食らい、ウィバロは姿勢を崩して倒れかかった。
 ――終局だ! 一瞬で片を付ける!
 更に踏み込む。返す刃を撃ち込む。
 だがウィバロは倒れる寸前に床に掌打を叩き付けた。反動で斬撃から逃れると同時に姿勢を整える。魔導旋条砲を構築し直す。床を蹴って後退する。
 レンシルは怯まない。床を爆裂させながら襲いかかる。この勝機を逃したら、あとは嬲り殺されるだけだから。
 刃の驟雨が無数の赫い尾を引いて迸る。一撃ごとに空間が断裂し、眩い軌跡が網の目のように重なりあう。踏み込み、身を捻り、可動部分を最大限に活用する。すべての動作は次の斬撃のために、次の次の斬撃のために。切れ目なく、流れるように、あらゆる角度から攻撃意志の具現を浴びせ続ける。
 ウィバロは――全て避けた。身を屈め、半身になり、最小限の動作と最低限の速さで。
「なっ!?」
 剣を振り抜いた姿勢で、愕然と眼を剥いた。ありえない。この男は本当に魔術士なのか。剣技を積んだ自分の全てを注ぎ込んだあの連撃を――
 例え彼が本職の剣士であったとしても信じがたい、人智を超えた身体能力と反射神経。
 徒労感に押しつぶされそうになる。
「……まだッ!」
 そう、まだだ。今の猛攻によって、彼我の間に魔法陣をひそかに描いておいたのだ。
 避けられるというのならば、避けられない状況を作り出せばいい。
 振り抜いた慣性に剣を乗せて後ろに引き、全身の筋肉を瞬発させて魔術円の中心に切っ先を突き込んだ。
 己の魔術を剣の形に凝縮していた結界、その先端部分がほどけ、内圧に押し出された攻撃意志が魔法陣によって衝撃波としての意味を彫り込まれる。
 炸裂音と共に、魔王の体が宙を舞った。
 ……少なくとも、自分ではそう思っていたのだが。
 突如として視界が激しく回転し、三半規管が鈍く呻いた。臓腑がひっくりかえるような浮遊感。次の瞬間、床に打ち付けた痛みが骨格に軋みを上げさせる。事態についていけない。
「か……ひ……」
 肺が引き攣り、次の瞬間激しく咳き込んだ。
 ウィバロとの距離が離れている状況を見るに、どうやら吹き飛ばされたのは自分の方らしい。
 萎えかかる闘志を無視し、手をついて跳ね起きる。
 見ると、ウィバロは魔法陣の中央部を無造作に掴み握っていた。描画的に表現される魔導構文であるところの魔法陣に割り込みをかけ、描かれた意味を強制的に書き換えてしまったのだ。ちょうど、主語と目的語が逆転する形で。
 一応、理論的には可能なことである。が、それを瞬間的に攻撃手段として使うことがいかに不可能めいているかは、少しでも魔術の理論をかじった者ならばすぐにわかる。
 節くれだった拳がぱっと開かれると、魔術円は消えた。
 剣を再構築するのも忘れて、レンシルはただ呆然としていた。
「導師アーウィンクロゥ。貴女は強力な魔術士だ。我が生涯において最速の敵手だ」
 彼は、圧倒的な理不尽の権化としてそこに在った。そしてこちらの様子には一顧だにせず、手の甲を地面に向ける形で握り拳を突き出した。低く魔導構文を詠唱する。続いて五指の第三関節だけをまっすぐ伸ばして鉤爪状にすると、掌の中にあの忌まわしき魔導回転儀が顕われた。
「貴女との討ち合いは実に有意義で刺激的な時間であった」
 ウィバロはそれを保持したまま腕を伸ばし、曲げていた指を完全に解放した。宙空に放たれた環状構造体は回転軸を回転させながら回転し始めた。
「だが、それをいつまでも続けるわけにはいかぬ。これから外せぬ予定があるゆえにな」
 円環は急激に回転速度を速めると、己の発する遠心力に耐えきれなくなったかのように弾けた。するとそこには二つの円環があった。
「終わりにしよう。もう十分であろう」
 二個の輪もまた回転速度を上げて弾けた。後には四個の輪があった。
 四個が弾けて八個に。八個が弾けて十六個に。そこで鼠算は止まる。
 十六のうち十三は稲妻のように不規則な軌道で宙を迅り、レンシルを全方位から取り囲んだ。残る三つの回転儀はウィバロの頭上を漂っている。
 わざわざ考えずとも、その意図は明白であった。

 ●

 フィーエンは、ここではないどこかを見据えながら静かに涙を流している。
 何を見ているのか。エイレオにはそこまではわからない。
 ただ、胸元で握りしめられる呪媒石が、フィーエンに決定的な意味を突きつけていることだけは感じられた。底知れぬ情報量を湛えた石。その内部に存在しているものの正体を知りたいと思うには、好奇心という言葉はあまりに弱すぎた。
 ――なんだか知らんが、乗り越えろよ。
 祈るような一瞥を親友に残すと、レンシルとウィバロの戦いに眼を戻した。
 そこには、桁違いに複雑精妙な魔導構造体が現れていた。

【続く】

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