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閉鎖戦術級魔導征圧者決定戦 #20

 

 ――信じがたい長さの剣が二本握られていた。
 赫く紅く周囲を灼いていた。
 もはや剣と呼んでも良いのかすらわからない、あまりにもな刃寸。少なくともレンシルの身の丈は優に越している。巨竜を斬り殺すために鍛えられたのではないのかと思わせる規格外の魔剣であった。
 それが、両腕に二振り。
「至ったのですね……」
 横でベルクァートが、興奮を内包した冷静さで喋り始めた。
「彼女は魔術師としてだけでなく、剣士としても一流の域に到達したようです。極限まで追いつめられた精神が、死にものぐるいで新たな思考体系を確立させ、最適化を行ったのでしょう。意味を構築する際の無駄をなくし、剣技の形相と魔術の間で効率よく力を循環させる論理的な仕組みを築き上げたのです。生きるために。より強力な剣撃を放つために」
「……つまり、なんだ、強くなったと?」
「段違いです」
 鋭利に細められた眼をこちらにむけ、薄らと笑みを浮かべた。
 ……かと、思えた直後、その顔容はだらしなく弛緩した。
「あぁ……やはり凄い女性だ。私とは比べ物にならない」
 だが、エイレオはさっきほど無警戒にその言葉を受け入れことはなかった。
「本当に、そうかな」
「……おや? なぜ?」
 ベルクァートは、さも意外そうに眉を持ち上げる。
「あんた以外で、魔法大会に晶魔術士は一人も出場してないってこと、知ってたかい?」
「えぇ、存じてますよ。私は変わり者ですからね」
「それだけじゃ、ねえだろ」
 確信を込めた口調。
「晶魔術士の十八番の攻撃手段は、結晶の中に相手を閉じ込めて圧殺するものだ。だが、これは試合では使えない。相手を殺しちまうからな。どれほど強力な晶魔術士も、試合の上ではその最大の攻撃を最初から封じられてるってことになる。ちがうか?」
 “試し合い”ではレンシルに敗北したが、“殺し合い”であった場合、どうなっていたか。エイレオは、そう問うている。
「ほう……」
 エイレオを見ていた晶魔術士は、やがて面白そうに目元を緩める。
「面白い考え方ですね」
「そう的外れとも思わねえがな」
 エイレオは不敵な笑みを作った。そうしながらも背筋は硬直していた。
 殺気……とでも言えば良いのか。肌をチリチリと刺してゆく空気が周囲に満ちている。汗が浮かび上がってくる感触が冷たく、熱い。
 無論、そんな物理現象などありえない。単に気のせいでしかないはずだ。
 だが――少なくとも、ベルクァートの顔つきが微妙に変わっていることだけは確かだった。細められた眼の奥で、巨大な何かを隠している。そんな気がする。
「まぁ、今更何を言っても敗者の負け惜しみでしかありません」
 ベルクァートはそう言った。口では。
 だから、エイレオは瞬間的に思った。こいつは、自分でも気付かないような心の深奥では、まったく敗北を見ていないのではないか。雪辱の刃を今も研いでいるのではないか。
「それに」
 “結び閉ざす者”は、元の柔らかな微笑を繕う。
「私と彼女が殺し合うなんて、冗談にしても笑えませんよ」
 それは完璧な演技で、しかし半ば以上は本心のようであった。エイレオは推察する。自らの姉に対するベルクァートの微妙な心境を。
 恐らくは一部だけにしろ。

 ●

 精神が受けた衝撃も覚めやらぬまま、世界が明滅する。新たな情景が立ち顕われる。
 フィーエンは眼をそらすこともできず、人格の態相を打ち潰す情報の火砕流をまともに浴びた。

 明滅。

 ――そこは広葉樹林であった。
 深夜。海の底のような闇であった。
 深い森の中で小さく開けている広場があり、そこにだけ仄白い月光が降り注いでいた。人影があった。幽鬼じみた陰陽の目立つ貌は、ウィバロのそれであった。その眼には、夜であることだけでは説明がつかぬ不吉な陰りが染み込んでいた。
 足元に何かが転がっていた。
 人影に、見えた。
 フィーエンは、今は存在しない瞼を見開く。撃ち込まれてきた衝撃を愕然と胸で受け止める。喉で黒い塊がふくれ上がり、気管が強引に押し広げられるような心地。この情景が過去に実際に起きた出来事なのは、フィーエンにはわかっていた。すでに感得されていた。それだけに、この衝撃を逃す場所がどこにもない。
 ウィバロは、人を殺していたのか。
 あまりに重いその事実は、しかし直後に覆される。
 地面に転がっている人影は、人間ではなかった。生き物ですらなかった。子供の背丈。合成樹脂の体躯。球体関節。感情なき貌。一見して玩具のように見える影。
 意志持つ構文が取り憑いた魔導人形。
 半壊し、横たわっていた。
 ウィバロの昏い眼がそれを見下していた。億劫げな所作で掌を人形に向け、詠唱とともに魔導旋条砲を構築した。
 人形はなんとか逃げ出そうと、体を軋ませた。だが、もはやこの器体にまともな運動能力は残ってはいなかった。そして周囲に乗り換えられそうな器械は一切存在しなかった。
 魔力の撃発する光が、木々の間にわだかまる闇を、一瞬だけ追い散らした。

 明滅。

【続く】

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