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#16 エンゲージリングを返す日


ついに私が彼にエンゲージリングを返す日がやってきた。すでにこの何ヶ月、結婚の話もしなくなっていた。「この人と上手くやっていけるのだろうか?」二人の疑問が段々大きくなり、どちらかこの話を持ち出したら、多分、「別れ」が具体的になるのを恐れていた。



そんなある日、私の方から切り出した。ケンカをしたり、結婚するかどうか分からない関係をこれ以上続けるのは意味が無いと思った。ダメならダメで一人でやり直すしかないと覚悟しなければ、無駄な時間ばかりが経過していく。多分そのモヤモヤした期間は、二人が同時に思っていたことで、私から持ち出すほうが都合がよかったように思う。


「結婚の事だけど、どう考えているの?婚約してもう一年半も経つのに、なにも進展がないじゃない。もししたくないのなら、ちゃんと言って欲しい。このままどっちつかずの生活は出来ないし、別れるなら別れるでムーブオンしたい」とはっきり言葉にして言った。


彼は「僕が結婚を申し込んだんだから、僕は決めるべきだよね」と言って、しばらくし沈黙した。いつも2人が机を並べて仕事をする部屋に風が入ってきた。その瞬間緑が鮮やかに映り、狭い部屋がいつもとなく広く感じた。彼はしばらくの沈黙の後、長いまつげを何度もしばしばさせて、暗い顔をやっと持ち上げた。そして「別れよう」と言った。


サプライズではなかったが、全ての感情が弾けそうになったので、「OK」とひとこと言って、サングラスと携帯だけ取って外に飛び出た。出た瞬間、何秒か抑えてた涙がこみ上げてきたので、走って家から遠ざかった。


まるで子供が大泣きをするような現象が大人になって起きた。坂を走るとサンフランシスを見下ろせる小さな公園があり、そこで立ち止まった。止まったらまた涙がどっと溢れて、サングラスの下からポタポタと地面に落ちた。そこに偶然居合わせた子供が心配そうに私の顔を覗き込んでる。サングラスをかけていてもその様子はきっと異常だったのだろう。


その時、友達から携帯に電話がかかってきた。親友からだった。「今、別れた」というだけで後は声にならなかった。「あれだけ頑張ったのに!残念。。。」。その友達も私と一緒に電話口で泣いてくれた。


私達はいったい何を創り上げて何を失ったんだろう?あんなに沢山あった夢や愛情や将来のカタチは今、膨れ上がった風船のように一気に割れてしまった。二人が見たいろいろな景色や食べ物や数えきれない愛の言葉やキスはもう無い。私を分かって欲しいからたくさん話したのに、そんな何年分の会話も全て無になってしまった。


それから私は毎日泣きながら夜中まで仕事でパソコンに向かっていた。こうなったら“やるべき”自分の仕事があった。こんな事で負けてはいられない。せっかく前の夫がくれた自由と理想の国で職を与えられているだから、強い女にならなければバチがあたる。ここまで来たのだから、グリーンカードも自分の力で取ってビジネスを再建すると決心した。もう日本に帰る家は無い。


いろいろな感情がミックスされて、また一人になる自分を自分で応援していた。「男に頼らない、私は強くなる!」。今の雑誌の仕事で借りていたオフィスに15時間くらい居た。


それから9日間、彼とは全く口をきかず、目も合わせなかった。夜中に帰ってきてとりあえず寝るだけだった。週末になると私は次に住む部屋を探しに出かけた。


その先々で「どうして今の家をでるの?」と聞かれた時、また感情がこみ上げてきた。月$2500~$3000の収入で借りれるアパートは限られていた。そしてそこを事務所にもしなければいけなかったので、必然的にぎりぎりの生活になるのは分かっていた。でもやるしか無い。どんな酷い条件でもパソコンさえあれば仕事はできるのだから。



真夜中に帰って、彼の寝顔を見ていた。私が好きな唇、長いまつ毛。ここで何度もキスをしたっけ。もう終わりだと分かっていてもまだ好きだという感情は残っていた。

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