1961年6月25日、日曜日。Sunday, June 25, 1961.
ビル・エヴァンスは私の好きなジャズ・ピアニストの一人です。私にジャズを教えてくれた大人たちのほとんどは、もっとハードで哲学的なジャズが好みであったようで、エヴァンスに対しては、ただのBGMだとか、家具みたいな音楽だとか、とにかく甘いだとか、どちらかといえば否定的でした。
実際に自分で聴き始めてみて、数十年経ちますが、家具のように、ただそこにある、甘いBGMであるにしても、それも一つのジャズであると思います。映画『ビル・エヴァンス タイム・リメンバード』を観るまでもなく、あの厳しい人生から生み出された音楽が、クリスタルのような透明感と、恋心のような甘さであるとしたら、それは紛れもなく、一人のジャズ・ピアニストの到達点ではあるわけです。
私はときどき『コンプリート・ライヴ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード1961』を聴きます。これは『サンデイ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』と『ワルツ・フォー・デビー』のもとになったライブ音源を、3枚組のボックスセットにしたものです。ここにはライブ冒頭のアナウンスや停電での音切れまでも、すべて順番に収録されています。これを聴くと1961年6月25日、日曜日の「ヴィレッジ・ヴァンガード」にいるような気分になります。純粋にアルバムを楽しむ人は『サンデイ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』と『ワルツ・フォー・デビー』をそれぞれ聴くと思います。私もそういうときもありますが、3枚を通して聴くと、また違う楽しみが発見できます。
追伸
村上春樹さんは『ポートレイト・イン・ジャズ』の中で、ビル・エヴァンス(村上さんの表記ではエヴァン「ズ」)を取り上げており、その中でエヴァンスの甘さを、以下のように肯定しています。「僕が好きなのは『マイ・フーリッシュ・ハート』。甘い曲、たしかにそうだ。しかしここまで肉体に食い込まれると、もう何も言えないというところはある。世界に恋をするというのは、つまりそういうことではないか。」。村上さんに同感です。恋をするとは、限りなく甘くなる、ということなのです。
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