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生まれた時の状態に戻る旅✈

こんにちは。めんだこです。

今日は、吉本ばななさんのエッセイを読んでいる中で出会った
興味深い言葉について考えたいと思います。

そのエッセイとはこちら。

タイトルと表紙の和菓子に惹かれて買いました。
私にとって初となる吉本ばななさん。
開いてみると、もう共感の嵐が巻き起こる文章が…。

中でも、ガツンと頭を殴られたものがこちら。

人は根本からは決して変わらないから、本来の自分を生きることが大切。
そして、人生は生まれた時の状態に意図的にだんだん戻っていく旅だと思うので、その人が本来の自分でいればいるほど、道は簡単になるんだと思う。

『「違うこと」をしないこと』吉本ばなな

人生を「生まれた時の状態に戻る旅」と例える秀逸さにドキドキしました。
なるほど。

それでいうと、最近読んだ本で面白い考え方があったんです。
よく、「多重人格」というけれど、本当は「多世代人格」なんじゃないかと。
色々な人格を持つ自分が同時に存在するというよりかは、
色んな世代の自分が同時に存在する。

要は、
10歳で初めて誕生日ケーキに蠟燭を2本並べた時の自分も、
13歳で部活選びに人生1の緊張感と覚悟を抱く自分も、
18歳で地方に行く親友の見送りをしに早起きした自分も、
20歳で成人式の幹事に頭を抱えて唸った自分も、
22歳で初めての一人暮らしに不安な心を満開の桜に癒してもらった自分も。

全部が今の24歳の私の中に居る。

だから、今まで折り重なるように積み上げてきた様々な年代の私が
その時々で顔を覗かせるだけ。

この考え方がとてもしっくりきました。
というのも、最近自分に対して、
「この感覚、高校時代の部活に熱中していたあの時の自分みたいだ」
と感じたことがあったからです。

今も同じ私のはずなんですが、
なんだか久しぶりに再会したかのような感覚でした。

頑張って引っ張り出さないと出てこないような自分だったのかもしれません。エネルギーが必要だったからか、再会したときはとても清々しい気持ちになりました。

話を元に戻すと、吉本さんは、
「生きているだけで多くのノイズが降りかかってくるから、それにより本来の自分を見失ってしまう」というようなことを作中で述べています。
生まれてすぐの私は、ノイズを浴びる前の私であり、「本来の私」と言えるものなのかもしれません。
しかし、当時の私には自分を細分化する能力も、言語化できる力もありません。

それらが発達した今、残念ながら大量のノイズを浴びているが故、
言語化したかった「本来の自分」が分からないのです。

だから、生きていく中で、ノイズと戦いながら「本来の自分」を取り戻していく作業。それこそが生きていくことなのかもしれません。
これだけ毎日頑張って生きていて、生まれた時の自分に戻ろうとしているなんて、少し可笑しい気もしてくるのですが…笑

ノイズを掻き分けて、心地いい自分、好きな自分だけを残していく。
「本来の自分」が喜んでくれるような「今」を選び取っていく。
自分の中に「本来の自分」と言える年代の自分が存在していると考えれば、その自分が心地よく居られる選びということになるのでしょうか。

初心忘れるべからず、
人生の初心時代のような「本来の自分」

あの時感じていたであろう、両親の顔を見上げた時の安心感や、
自分の感情に素直でいること、周りに助けをすぐに求めること、
美味しかったら笑うこと。
これら小さな一つ一つの初心を絶えず思い出せるような自分で居たいです。

さて、今日も要らんノイズをぶっ飛ばしながら呼吸するぞ。
皆さまも、たまには赤ちゃん返りをしてくださいね!(笑)

めんだこ。

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