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愛ゆえに

覚悟が必要な時があります。

大切な人が病に倒れて、別れを前にした時、私たちは、愛のもと、溺れそうになってしまうけれど、シャンと立っていなくては、と思います。

それは、これまでの出来事を、忘れないで、覚えていようと、自分の心に誓いながら、最後を悟ることでもあるのでしょう、ね。

言うは易く、行うのはとても難しいことで、大きな葛藤を乗り越えていかなければいけないけど、ともに生き、すこやかに「さよなら」をすること、そして、よく生きて、よく死ぬこと。

難しいけれど、大切なことだと感じます。

でも、病に伏せ、思い通りにならない人生の中であってさえ、まだまだ、できることもあるはずです。

中井久夫は名著『分裂病と人類』など、数々の名著で知られる精神医学者です。

「分裂病と人類 (新版)」(UPコレクション)中井久夫(著)

しかし、本書『臨床瑣談』『臨床瑣談』は、精神医学の話ではなく、臨床経験で味わったちょっとした物語というほどの意味の内容となっています。

「臨床瑣談」中井久夫(著)

「臨床瑣談 続」中井久夫(著)

本書では、精神科以外のことや、自身が患者として、あるいは患者の家族・友人として経験したことが記されており、院内感染や、昏睡に陥った場合、あるいはガンをもつ友人知人への助言、丸山ワクチンへの私見というように、「病名を告知された患者側ができる有効なこと」が語られています。

例えば、「身も蓋もない言い方だが人の死亡率は百パーセントである」、では、そんな負けいくさであるのが決まっている場所で、何ができるか?、また、「人生のQOL(生活の質)の積分値を最大にする」、では、どうしたらそんなことができるのだろうか、などなど。

こんな表現もされています。

「医療行為は幾何学よりもさらに「王道」がない。予期できない偶然、些細な特殊事情、正しそうな解釈の誤り--そういうものに左右される。勝つと限らないのは戦争と同じである。」

適切な表現ではないのかもしれませんが、予想もしなかったことが起きるから人生は面白いとも言えますよね。

万が一にも、病気になってしまったのなら、赤塚不二夫が言ったように「これでいいのだ」って、言えたのなら、回復も早いような気がします。

きわめて実践的であり、親切であり、わかりやすくて、読めば分かると思うのですが、こんなかゆいところに手のとどく本はないと思います。

著者のようなお医者さんであれば患者もきっと安心するにちがいありません。

タイトルだけ読めば、臨床にまつわる瑣談(さだん)、ちょっとした、つまらない話が書かれている様にも受け取れますが、内容は、つまらない話などではなく、ガン患者にとっても興味深いことが多く語られています。

参考までにご紹介させていただくと、

「闘病という言葉は使わない方がよいのではないか。なぜなら癌と闘うという意識は、交感神経を刺激して免疫力を低下させる」

「顕微鏡下で副腎皮質ホルモンがリンパ球を壊すのを見た。だからリンパ球はストレスに対して非常に弱いのだ」

「肺活量が大きい人は癌生存率が高そうだ。栄養や血液にたくさんの酸素が供給され、それがリンパ球の活性化に繋がっているようだ」

などの指摘はなるほどと、素人でもなんだか納得させる内容です。

胃がんが脊椎に沿ってのっぺりと転移した70歳の男性(肺活量8000)が何年も生存し、社会的活動もしている例などを紹介しています。

ドクター・ワイルも「治癒力を高めるために、もしもただ一つだけを、と言われたら何を推奨しますか?」との問いに対して、「呼吸法です。」と答えているから、相通じるものがありそうです。

また、プロバイオティクスについては、ヤクルトを勧めている。

人体で乳酸菌しかいない箇所が二カ所ある。

それは新生児の胃と女性の膣だそうだ。

だから少量の乳酸菌飲料を局所に入れれば膣は清浄になる。

お産のときなどの感染を防ぐことができる。

しかしメーカーがこれを宣伝しないのは企業イメージをおもんばかってのことだという話を、その会社の一社員から聞いたそうです。

膣への乳酸菌飲料はともかくとして、彼はガン患者から相談を受けると乳酸菌飲料ではヤクルトを勧めているそうです。

本人自身も前立腺癌を経験しています。

癌を告知された医者の心境も正直に書かれていて、我々と差がなく驚いて混乱していますが、そこには、今日でも一般的な現象である医者のダブルスタンダードな考え方はなく、共感できると思います。

精神科医としての経験を踏まえ、病名告知の時代となった今、告知された患者ができる有効なことは何かが書かれていることからも読み取れると思います。

「告知しただけの医師の覚悟も必要であり、また、告知された患者も茫然たる傍観者ではなく、積極的に何かを行ないたいだろう。」と考えての助言です。

そこには、「精神科医が精神科以外のことを書くのであるから、間違いや誤解も多かろう。定説と違っていることもあろう。そうであろうとは思うが、一方、私は旧制度のインターン(医学にかんする実地研修)時代の医学生である。」という条件がついています。

前半は、医師だからといって絶対ではないという謙虚さ、後半は、きちんとした教育を受けているという自信の現れと読み取れます。

この謙虚さと自信こそ専門家に求められるものであり、この言葉の背後には、前述の医者のダブルスタンダードな考え方も含めて、最近の医師教育、医師のありようへの疑問がうかがわれます。

癌になった医者である作者の言葉には重みがあり、中井氏のガン患者への助言が三つあります。

ひとつめは、睡眠を十分に取ること。

正常な細胞が細胞分裂をするときに、最も危ない時期を午前2時から4時くらいの時間帯に迎えるのが目的です。

つまり、細胞ががん化しないためにもこの時間帯は熟睡して体力を回復しておくことが大切なんだとか。

睡眠薬などのアドバイスも役にたちます。

ふたつめは、おいしいものを食べること。

これは栄養をとることと、病院食などはストレスがたまる一方で治癒には悪影響だという話。

「入院時には便秘になりがちである。リンゴをすりおろして砂糖を少し加えたものがある」などと身近な問題を忘れていません。

術後の回復に効果のある漢方薬までを挙げています。

みっつめは、笑いなさい。

ノーマン・カズンズの「笑いと治癒力」を例にとって、笑いは免疫力を高めてくれます。

「笑いと治癒力」(岩波現代文庫)ノーマン・カズンズ(著)松田銑(訳)

笑えない場合もあると思いますが、無理でも笑う顔を作って「脳をだまして」みることをすすめていて、脳をだましてでも笑っていれば効果があると言っています。

意外でもあり、当たり前すぎるようでもある助言なのですが、これで良いのだと思います。

あと、ストレスを少なくすることも。

私なら、このほかに、可能であれば「歩きなさい」「楽しいことをたくさんしなさい」とか付け加えるかもしれませんが、ガンはさまざまであり、人間もいろいろなので、一つの答はないのでしょうが、免疫で対応し、時に抱え込んで上手に生きている例があげられていて、勇気づけられると思います。

要は、「癌細胞は弱くて混乱した細胞です。死ぬべき細胞が死ねずにいるだけです。癌細胞は熱にも弱くて、リンパ球の攻撃にはひとたまりもなくやられてしまいます。」

サイモントン療法のCDにもこれと同じ台詞があり、白血球が癌細胞を対峙するイメージを描くように指導しています。

人体では毎日5000個、ある説では数万個もの癌細胞が生まれているそうですが、そのほとんどは自己免疫力で退治されている事実を知りません。

その攻撃をかわしてやっと生き残った癌細胞もリンパ節で阻止されて、なかなか転移はしないものです。

リンパ節転移ということは、癌細胞がリンパ節でブロックされているということでもあるわけです。

治療という行為は、つねに不完全さを免れず、多くの困難にみまわれることが多いんでしょうね。

だけど、それだからこそ、かかわる一人一人の内奥にあるものが、ほのかに輝きだし、医術に魂を吹き込んでいくのかもしれませんよね。

医療の世界に限らず、人間というものの見せる不思議な魅力がここにあると感じます。

本書のように、患者の身になって書かれた本って、そうないと思います。

病を気にする中高年はぜひ手にとってはいかがでしょうか?

近代医学を過信せず、かといって感傷的にもならずに、何かをやれることもたくさんはるはず!

さしあたっては医者でも患者でもない人にも、たとえば、「せっかく眠気がやってきたのにまた去ったら、焦って眠ろうとせず、四十五分後には眠りの潮が引き潮から上げ潮に変わるから、それまで次の『眠りのバス』を待つ心地で」というような一文は、効きめがありそうですよね(^^)

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