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手さぐりで過ごしてきたここ数年で、良いほうに変わったこと (『とりあえずお湯わかせ』柚木麻子さん)

こんにちは。
ポッドキャスト「真夜中の読書会〜おしゃべりな図書室」のスクリプト。今回はリニューアル後、2回目の配信回です。



買って満足。積読が減っていかない

こんばんは。先週はリニューアル第1回にたくさんの反響をありがとうございました。こんなに待ってくださっていた方がいたなんてって正直びっくりしたというか、こんな地味な番組を覚えてくださってありがとうです。またこれからも、寝落ちメディアとして、心地よい寝落ちに小さく貢献していきたいと思います。

さて、今夜のお便りご紹介します。
ペンネーム@ハチキョンさんからいただきました。

「リターンズ、嬉しいです! 過去の回を何度も聞き返したりしていました。
バタやんさんの紹介を聞いて、読みたい本がいっぱい……なんですけど、正直に告白すると、買ったまま積読でぜんぜん読めてなくて。気づくとスマホばかり見てあっという間に時間が過ぎていきます。そんな私のリハビリ用におすすめの本はありますか」

@ハチキョンさんより

私も「読書家です」みたいなふりしてますけど、偉そうなこと言えたがらじゃなくて、気づくと日がなスマホばかり眺めてます。あとはYouTube。エンドレスYouTubeです。もうリコメンドも同じものばっかりになっちゃって。見たことあるやつイヤイヤ見てるみたいな。ね。なんでしょうね。あれね。

さて、そんなハチキョンさんにピッタリの、おすすめの本があります。今夜の勝手に貸し出しカードは、柚木麻子さんの『とりあえずお湯わかせ』です。

『とりあえずお湯わかせ』柚木麻子

どんな本か解説していきます。あ、今、ちょうどお家にいらっしゃる方は、とりあえずお湯をわかしながら聞いてください。


女同士のマウンティングからシスターフッドへ

柚木麻子さんの『とりあえずお湯わかせ』は、2018年から2022年3月までのコロナ禍に突入して世界が一変していく中で綴られたエッセイ本です。

「『そうはいってもなんだかんだ楽しんではいる。おうち時間をしなやかにエンジョイする爆笑ママエッセイ』と評しそうな連中にとりあえず沸いたばかりのお湯をぶっかけてやる」ってあとがきに思わず吹き出したので、とりあえずそのまま紹介しました。

っていうちょっと辛口なスパイスも随所に効かせつつの。ニヤニヤしながらね。コロナ前と、外出がかなり厳しく制限されてた時期と、いつ終わりが来るんだろう時期とと刻一刻と変わっていく感じを一緒にリフレインできて、しみじみしました。連載をネットでリアルタイムで読んでたかたったなって気持ちもあるけど、ちょっとたった今、本でまとまった形で読む良さも実感しました。

この4年間の変化について「はじめに」でこのように語ってらっしゃいます。あ〜本当そうだなあってすごく納得したので、ちょっと読みますね。

 だが、しかし、私はこの失望の四年間をぼんやり振り返るうちに、多少だけれど、良い変化があることに気付く。まず、私の小説の読まれ方が変わってきた。以前は「女同士のドロドロ」と評されていた同じ作品がシスターフッド、フェミニズム、エンパワメント、とポジティブに受け入れられるようになった。私の力ではなく、女同士の映画や小説がぐんと増えたおかげだと思う。同世代の女性の編集者さんが出世したり、私が仲間だと思っている同業者たちが次々に評価されたりするようになって、デビュー時に比べとっても仕事がしやすくなった。セクハラやパワハラの勇気ある告発のおかげで、社会全体の意識も変わりつつある。

柚木 麻子. とりあえずお湯わかせ (Japanese Edition) (Kindle の位置No.63-70). Kindle 版.

私の中で、柚木麻子さんといえば『ナイルパーチの女子会』のイメージが強烈です。世の中も少し前までは、「インスタ映え」「マウンティング」みたいなのがトレンドワードでしたし、女が3人集まれば、ドロドロすんだろ? みたいな。2対1になって陰口いうでしょって感じでしたよね。

今は、女が3人集まればシスターフッドって感じですよね。

シスターフッド風味という意味で、一番好きな章を紹介したい。大好きで何度も読んでます。かいつまんで解説しますね。

島本理生さんが直木賞を取られた時の受賞記者会見で、ある男性記者が
「旦那さんの、一番好きな料理はなんですか?」
って質問をするんですよ。
島本さんはその質問に戸惑ってて。それをネット配信で見てた柚木さんがめちゃめちゃ怒ってるのね。

なんでそれ今聞くの?って。

そこから、柚木さんがもし受賞会見で「夫の好きな料理は何か?」って質問されたら、なんて答えるか35通りのパターンを考えてみるです。
「その質問はこの場では不適切ではないでしょうか」みたいなマジレス系からちょっとズラしてふざけた答えをするバージョンまで。

私ならなんて答えるかなって考えちゃいますね。

この話、最後のオチがすごくいいんですよ。

 しかし、私が夢見ているのは、私が質問にうまく応えられず困惑していると、記者席からすっと一人の女性が立ち上がり、よく通る声で言い放つ、こんな光景だ。「そんな質問、答えなくていいよ。柚木さん」
 そこに立っていたのは、静かな目をした島本理生さんだった。私たちは見つめあった。記者たちのざわめきが波みたいに引いていった。「孔雀の間」はもはや私と彼女の二人だけ。(*島本さんに許可はとってあります)

柚木 麻子. とりあえずお湯わかせ (Japanese Edition) (Kindle の位置No.1938-1944). Kindle 版.

これは柚木さんの妄想なんだけど、本人に許可を取ったって書いてあるところも含めて、良いですね。萌えがあります。

島本理生さんは1983年生まれで、柚木麻子さんは1981年生まれ、どちらも立教大学なんですね。自分の話を差し込んで恐縮なんですけど、私は1979年生まれで立教だったんで、ぎりぎりお二人と在学中が重なって、友達になれた世界線があるんじゃないかと。

数年前、柚木さんが卒業生講演として立教で講演されてたのを聴きに行ったことがあります。もしかして、同じ時間、同じ空気を吸ってたのかなとか。同じ時間に学食にいたかもしれないなとか思ったりしました。

もしも、もしも、大学在学中にお二人と友達になれていたなら、私の大学生活ももっと違うものになったんじゃないかと。文学少女としてはね。そんなシスターフッド的な空想、妄想をしちゃいました。

そんなふうに歳の近い有名人とかファンとして応援している人と、同じクラスだったら友達になったかな〜みたいな空想をすることありませんか。

でも実際、島本さん、柚木さんと同じ授業とってたとしても、同じグループにはならないかもしれないですね。どんな本読んでるのかなとか気になるけど、ちょっと遠くで見てるみたいな距離感かもしれません。

さて、話がそれました。今夜の”神フレーズ”のご紹介に入りたいと思います。


SNS中毒を脱する鍵は?

 今日、友達の作家、窪美澄さんが第167回直木賞を受賞し、ここ数年で一番いいニュースだな、と嬉しかったのだが、会見で彼女が面白いことを言っていた。コロナ禍で本を読めなくなり、TikTokやNetflixばかり見てしまう、息抜きを求めている自分がいる、受賞作には、そんな非常時にほっとしてもらえるような願いを込めた、というような内容だった。窪さんでさえ、そうなんだ、と思うと本当に安心する。
 思うに、SNS中毒を脱する鍵は、「私が中毒なのは仕方ないのかも」と一回自分を認めてあげることではないかと思う。自己嫌悪が消えない限り、自己嫌悪を解消してくれそうなコンテンツを求めて、ずっとネットを徘徊することになるからだ。
 これを読んでいて、もし焦ってしまう人がいたら、もう一度繰り返すけれど、スマホ中毒を脱しても、私、あんまり暮らしは変わらなかったから、大丈夫ですよ。

柚木 麻子. とりあえずお湯わかせ (Japanese Edition) (Kindle の位置No.1876-1883). Kindle 版.

たしかに、このコロナ禍の数年は、スマホを見ている時間が一生で一番長かったかもしれないけれど、短期間でいろんなことが変わって、考え方とか価値観の整理とかがついて、短期間に一番成長した数年だったかもしれないと思いました。

コロナ期間中、なんとなく髪を伸ばしていて、ポニーテールができるくらいになった。
人生で一番髪が長かったかもしれない。

この本は、ひさしぶりに読みながらコロコロと声出して笑ったわ〜って感じで。そうだ、こんなふうに、女友達と飲み行って、ちょっと辛口な悪口言いつつ笑い合うみたいなやつ、ずっとやってなかったかもしれないって思ったのでした。

ハチキョンさんにも楽しんでいただけるといいです。メッセージありがとうございました。

<今回ご紹介した回はこちら>

<今回ご紹介した本はこちら>


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