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旅の記憶 1994・夏 あの日の上海




1994年8月7日
上海上陸


今日は少し時間を戻して
シルクロードの旅の始まり
上海のことを話します


この旅は僕にとっての2度目の海外旅行で
その始まりは1度目と同じ上海



東シナ海から長江口の河口に入ったところ


この頃はまだ
格安航空券がなかった時代で
安く中国に行こうと思ったら
飛行機よりも船という選択がベストだった


船上で撮った一枚 結構大きなフェリーだが、乗客はまばらだった


鑑真号
横浜から上海まで
3泊4日の船旅



海に沈む夕日 もっと沢山撮っておけばよかった


当時は今と違って
フィルムの時代だから
撮影枚数に限りあるものだから
僕はこれから始まる旅に向けて
フィルムを温存していて
とても残念なことに
船上での写真はこの3枚しか撮っていない



そして、これまた残念なことに
2度目の上海ということもあって
上海滞在中もあまり写真を撮っていない


当時の上海の街にも
いい被写体はいっぱいあっただろうに
あの時の僕はそのことに
気がついていなかった


南京路 工事中の建物がいっぱいあった


上海上陸初日
僕は早くシルクロードに行きたくて
着いた早々電車の切符を探し歩いた


当時の日記によると
CITSという外国人向けのチケット売り場に
切符を買いに行くが
目当てのウルムチ行きの切符は
1週間後しかないと言われ


2軒目の北京路のチケット売り場でも
硬座と呼ばれる一番ランクの低い席の
窓口しか開いておらず
(当時は座席のランクごとに窓口が違った)
しかも着いたと同時に、その窓口も閉まってしまったとある


南京路を走る路線バス バッタみたいにパンタグラフがある

上海からウイグルのウルムチ行きの電車は
当時1日1本しか走ってなくて
そのチケットが入手困難なことは
事前に知っていたから
僕は初日からチケット売り場を
回って歩いたのだが

結局その後上海駅の窓口まで出向いても
目当ての切符を買うことはできなかった


見た目はバスだが、路面電車のように電気で動いているのだ


どの窓口にもそんな僕らのような
外国人旅行者を目当てにした
ダフ屋がたくさんいたが
偽のチケットも珍しくなく
値段もかなりぼったくりな設定だったので
何人かのダフやと交渉はしたのだが
それでも切符は手に入らなかった


路線バスは行き先がわからなくて、よく間違えた


最後まで読んでいただいて
ありがとうございます。

シルクロード編は 
次回はいよいよ国境越え編に突入します
その前に、しばらく
上海編をお楽しみください



カラーネガのRAW現像に挑戦しています
なかなか匙加減が難しい
あまり上手くないですがご容赦を
詳しい方から
アドバイス貰えたら嬉しいです


はじめての上海の記事も
以前書いてますのでよかったらどうぞ


1994年のシルクロード旅を
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