見出し画像

『 レディ・アンドロイド』

『 レディ・アンドロイド』

女性兵士は貴婦人の華奢な身体を強くハグし、愛のこもった熱いキスを捧げ戦場へと向かった。
シフトが終わり女性兵士は貴婦人の元へと帰ってきた。テーブルには温かい夕食が用意されていた。「今週は誰も撃たずに済んだ」 女性兵士は言った。


「愛国心」とは詐欺師が逃げ込む最後の言い訳の事だが、セーラの生まれ故郷では多くの政治家や偽善者や何も知らない若者たちが、「愛国心」という言葉を口にした。
健全な批判精神が損なわれれば、その国は駄目になる。そして実際にセーラの祖国は駄目になった。

セーラは以前、生まれ故郷にある大学病院で看護師として働いていた。その病院では生命維持装置の故障で末期ガン患者が相次いで亡くなっていた。セーラも何人かの患者の死に関わったし、その何人かの内には自分の母親も含まれていた。

事故と見せ掛けて患者の死を早めることは、昔からの暗黙の了解の上での行為である筈だった。だが何故か彼女はある日突然逮捕されて、刑務所に送られる事になった。
刑期を終えると彼女は政府の犯罪者再生プログラムにより、そのまま軍に配属された。彼女のようなケースは決して希とは言えなかったし、現に彼女の今の職場の同僚の中にも複数いる。だが自分の身の上を快く話し合える者など、どこにもいない。

「参加することに意義がある。恋をするにも信仰を持つにも産まれて来るのにも、最初に参加があった。私は世界に参加した。生きることに参加した。そして世界は光や言葉よりも、先ず最初に参加があったのだと思う」
セーラはカウンセリングルームの椅子に座るなり、いきなりそう言った。彼女の職場では隔週で二十分の心理カウンセリングを受けるよう定められていた。担当のカウンセラーは終末論を信じる熱心なキリスト教信者だ。
彼女は敵の心情をもっと知りたいと考えていた。カウンセラーは仮想敵として設定されていた。
「今日は大変ご機嫌が宜しいようですね、セーラさん」
担当のカウンセリングAIが言った。
「セラフィムという名前の天使をご存知ですか?終末の日にラッパを吹くという天使。六枚の翼を持つそうですよ。どう思いますか?」
セーラはモニター画面の向こうで苦笑いしているカウンセリングAIに聞いた。
「四大天使は有名ですが、天使というものは一般的に知られているよりもずっと数が多いんですね。ミカエル、ガブリエル、ラファエル、アリエル。多くの天使の名前には下にエルが付きます。セラフィムは付かないですね」
「先生はきっともうすぐ会えますよ」
「セラフィムにですか?ハハハ。だといいんですけど。ところで相手に語りかける時は、心に語りかけなくてはならないと言いますね。或いは魂に。あなたの今日のお話は私にとってなかなか響きの良いものです。まるで終末の日のラッパのような響きがある。どうか話を続けて下さい」
「心は体の中にあるイメージ。魂はもっと体の外に遍在しているイメージがあります」
「心とか魂については、それこそ紀元前の大昔から何かと議論もうるさいわけです。それで?」
「死者の魂とは何かと考えていたんですけど、人は会話をする時に死者について回想しながら言葉を交わすことが多いじゃないですか?そうするとどうしても死者の魂というものをイメージしてしまう」
「会話を上手に成り立たせるには、お互いの魂や神的存在を心のどこかで意識しておく必要があるのでしょうね」
「本を読む時、その本の著者が既に亡くなっていたとすれば、その著者の魂を思いつつ読んだりします」
「そうです。会話をする時、死者についての思い出を語る時、魂について考えざるを得ません。会話には魂や心やそして神が必然的に介在してしまうものなのです。人が産まれてから死ぬまで誰とも会話をしなければ、神の存在も危ういものとなるでしょう」
「人は山や花とも会話をします。私は大きな山や巨木や巨岩やマシーンにも魂を感じます」

刑期の間、そして軍務に就いてからは益々、セーラはかつて読んだ宗教書にあった楽園について考えるようになっていった。楽園の生理痛や楽園のトイレ、ヘアサロン、AI、LGBT、ジャズ、或いは楽園の安楽死について。

宗教に熱心かどうかは、ディズニーランドやウルトラマンや仮面ライダーや戦隊ものに共感できるかどうかと、相似なのかも知れない。
単純に脳のクセに過ぎない。身も蓋もないが。
着ぐるみなどは冷静に考えたら人が中に入って動いているだけに過ぎず、そう考えれば興が冷めてしまうものだが、人間の脳のクセでどうやら着ぐるみを着ぐるみと捉えられない感覚でもあるのかも知れない。
着ぐるみを可愛いとかカッコいいとか言って騒いでくれる人がいなければ、何とも味気無い世の中になってしまう。ゆるキャラもコスプレも商売にならない。
脳が着ぐるみを見て面白いと思うクセを持っているからこそ、世の中は成立している。

だが、脳のクセには個人差が大き過ぎる。例えばサンタクロース。
中学生になってもサンタクロースを本気で信じている人がこの世には少なからずいる。その人を懸命に説いてサンタクロースが架空の存在で本当には存在しないことを納得させようとする奇特な人物など滅多にいない。大抵は放って置かれる。そのうちにサンタクロースがいないと気付くと思われているから。
だが、神の存在はどうなのか?神とはサンタクロースの延長のようなものなのだが、かなり込み入っているという事なのだ。誰が何の為にそんな風にこじらせてしまっているのだろうかと、セーラはいつも思う。


「ああ神よ、私達は一体いつまで待ち続けなければならないのですか?」


おしまい

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?