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【創作】ドラえもんを嫌いになった理由(1,771字)【投げ銭】

山内君は、色々なアニメや漫画が好きなのに、ドラえもんだけはどうしても好きになれないらしく、女の子がケータイのストラップにドラえもんを付けているのを見ただけでも、ムッと険しい表情になってしまう。

どうしてなのかと理由を尋ねると、山内君は僕に、

「6月2日」

という答えをくれた。それ以上答えてくれなかったのは、あとは自分でグ-グルでも何でも使って調べろ、とのことらしい。

まったく、インターネットで何でも調べられると思ったら大間違いだぞ、そう言って抗議してやりたかったが、頑固な山内君相手にそんなことしたところで無意味なことはわかっていたから、素直に僕はネットで検索してみることにした。

すると、思いの他簡単に、答えは見つかった。ドラえもんと6月2日の関係について、詳しく書かれているブログの記事が見つかったのだ。

やれやれ、今はインターネットで、友人の心まで検索できてしまう時代なのか。

この記事によると、ドラえもんはあろうことか、6月2日を「ぐうたら感謝の日」なんてふざけた祝日にしてしまったようだ。

6月2日というのは山内君のお父さんの誕生日で、とても大切な日だったから、そんなものを勝手に「ぐうたら感謝の日」だなんてものに変えられて、山内君が腹を立てた気持ちもわからないでもない。

折角、いつも仕事で忙しいお父さんに、プレゼントやケーキを買う日なのに、こんな記念日にされてしまったら、店もどこも開かないではないか、と。

しかし、それだけでコンビニに売ってあるドラ焼きにまで悪態つくのは、少し大げさ過ぎやしないか、そうも思うのだが。

けれど、やっぱり山内君はドラえもんのことが大嫌いだし、きっとそれはこれから先も変わらないことのように思えてくる。

ところで話は変わるけれど、僕は一年前、ある哀しい別れを経験した。

彼女は、僕にとっての始めての恋人だった。付き合い始めの頃は、僕にこんな恋人がいていいんだろうかと思っていた。彼女は背は低いけどスポーツ万能で、声も可愛らしかったし、お菓子を作るのもじょうずだった。

僕はと言えば、運動神経ゼロのでぶで、胃腸が弱く、酷い話、げっぷやおならをよくするという最悪の体質だった。それにも関らず、彼女は僕のことを愛してくれた。正直、僕には過ぎた恋人だった。

しかし、そんな彼女に僕がフラれてしまったのは、彼女がとうとう、僕のおならの臭さに耐えられなくなったから、などというものではない。それよりも、もっと素朴で些細な理由だった。

それは、彼女が僕に貸してくれた本を、僕が「楽しかったよ」、と言って返したことだった。

「それだけ?」

彼女はそのとき、しんじられない、という目で僕を見ていた。僕も、どうすれば良いかわからなかった。僕に、文学的センスは無い。あれば、もっとこう、グルメリポーターが料理に対して詩的な言葉を投げかけるような感じで、色々な感想を述べることが出来たのかもしれないが、僕には「楽しかったよ」以上の台詞は吐きだせなかったのだ。

少なくとも、「つまらなかった」という言葉は吐かなかった。それでも、彼女の怒りを止めることはできなかったのだ。

彼女はそれから、二度と僕に本を貸したりしてくれなくなったし、そうなれば、あまり僕とも口を聞いてくれなくなった。やがて、自然消滅みたいな感じで、僕らは別れてしまったのだった。

僕にとってはあまりに哀しい出来事だったし、立ち直るのにも暫く時間を要した……というか、寧ろ未だに全然立ち直れてなかったりもするけど、今ならなんとなく、僕が彼女にフラれた理由も、なんとなくだけどわかるような気がする。

つまり、人間の心はやじろべえみたいに、非常に不安定で崩れやすいものなのだ。普段は、左右の重しでしっかり支えあっているように見えても、少しで崩れると、もう二度と最初のバランスを取り戻すことは不可能なのだ。

どんなに世界中から愛されるドラえもんだって、心のバランスが崩れた人から見たら――いや、こう言いなおすことにしよう。バランスが、「変わってしまった」人から見たら。

あまりに醜い、青色の怪物に見えてしまうことだって、ありうるということなのだ。

(完)


掲載元:

(画像撮影場所:六本木タイニングバー『DORA』

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