【創作】日曜の午後3時頃(1,298字)【投げ銭】
私は毒薬を飲んでしまったので、解毒剤が欲しかった。
先ほどから冷蔵庫やタンスやいろんなところを探しているが、一向に出てくる気配はない。
おかしいなぁ、確か、まだ捨ててはない筈なんだが。
そこへ愛犬ポチがやってきた。
「こら、ポチ。勝手に上がりこんできてはだめじゃないか」
「ポチじゃねぇ、おいらジョンだ。ジョンって名前に変わったんだよ。ポチなんてダッセー名前、とうに捨てちまった」
ほぉ、主人に向かってタメ口をきいている。しかも自分のことをジョンだと。
「おいお前、誰に向かって喋っているつもりでいるんだ? しかもご主人様が折角(せっかく)くれてやった名前を捨てるとはどういうことだ。まさか、私への忠誠心さえも捨てたのではないだろうな」
「はぁ? 馬鹿言っちゃいけねぇや。おいらのご主人様、今日変わったんだ」
やれやれ、忠誠心の「ちゅ」の字も残ってないようだ。ついこの間まで私の顔にちゅっちゅっちゅっちゅしていたやつが。あ、いや、ぺろぺろだったな。
「どこのどいつだ、その新しい主人というのは」
尋ねると、ポチ改めジョンは暫(しばら)くウーンと唸(うな)った後、
「どいつって言われてもなぁ、いっぱいいるからなぁ」
「いっぱい? ……ははぁ、わかったぞ。お前、複数の家に厄介になっているんだな。そうだろ?」
「いや、違う。みんな同じ名前なんだ。確か、ホケンジョ・ショクインっていう、変な名前だったな」
ホケンジョ? ……ああ、保健所か。
「それはお前、とんでもないところに厄介になったものだ」
私は哀れみの言葉をかけてやったが、ポチ、いや、ジョンはきょとんとした表情になった。どうやら自分のおかれている立場がまだ飲み込めていないらしい。
「まぁいいや、そういうわけでおいら、今からホケンジョさんの屋敷に連れてってもらえるんだ」
「そうか……それでは、別れを言いにきたのか?」
「……馬鹿言っちゃいけねぇや」
心なしか、ポチは寂(さび)しそうな顔をしていた。
「おい、まさか泣いているのではないだろうな」
「違わい、これは目からオシッコしてるんだい」
とんでもないところから用を足すものである。
しかし、私も寂しくないと言えば間違いだ。ポチは私の良き相棒だったから。
私が学生のころ、金欠で苦しんでいた時、ポチはいつも鹿児島産黒豚や黒毛和牛といった高級食材を、市場から盗んできたものだった。
そんなポチを失うのは辛い。しかし、ポチはもう保健所を新しい自分の家と決めてしまったのだ。その堅い決意を、今更、私ごときが変えられるものか。
じきに、三人のホケンジョ・ショクインがやってきて、ポチを抱えあげ、連れて行った。
「ポチ、達者で暮らすんだぞ……」
嘗(かつ)ての愛犬が部屋の外へ姿を消す直前、私はつぶやいた。それが聞えたのだろうか、空耳でなければ、ポチは確かに返答した。
それは、長年生活を共にしてきた旧(ふる)き主人に対する、誠意一杯の謝辞のように思えた。
こう、一言、はっきりと告げたのだ。
「ポチじゃねぇ、ジョンだ」
こうして我々は、悲しき別れを遂(と)げたのである。
しばし感慨に耽(ふけ)りたいところだが、今はそういうわけにはいかない。
早く、解毒剤を見つけなくては。
(完)
オリジナル版:
あとがき:
(画像出典:Free Images - Pixabay)
【作品、全文無料公開。投げ銭スタイルです】
#小説 #短編小説 #ショートストーリー #ショートショート #ブラックジョーク #シュール #投げ銭 #コメント歓迎 #フォロー歓迎 #掌握小説 #オリジナル短編小説 #寝る前に読むショートストーリー #コメディ #note大学新入生
ここから先は
¥ 100
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?