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逆噴射小説大賞2021個人的感想覚書 #02

 ひとつの記事を随時更新しようと思ったら、数があまりにも多くなってしまったので、複数記事で溜まったら投稿する感じで行こうかなと。
【#01】 【#02】 【#03】 【#04】 【#05】 【#06】

秤は天地のいずこにありや?

 まず冒頭のエピグラフでがっつりと心を掴まれた感がある。単なる殺人事件を解決するミステリィだと、まあ、焦点はだいたい誰が殺したのかという部分に集約しがちではあるが、ここで「解決権の奪い合い」の要素が追加されたことでBATTLEの文脈が出来てくるので、二倍おいしい。BATTLEは全人類が好きだからだ。
 そしてアルベールとシリル。冒頭の部分だと、このふたりが争うのではないかと思ったのだが、読み進めるとそんなに仲は悪くなさそうというか、意外と共闘展開もあるのではないかと思わされる。競争、共闘どちらの展開でもおいしいのは間違いない。なぜなら凸凹コンビのバディミステリは全人類が好きだからだ。


メカサムライ一文字三十郎

 サイバーパンク、サムライ、ロボット、剣戟、忍術ハッキング。とにかく我々の好きな要素を足し算して構成された小説。大胆な描写の省略を駆使して、800字という短い範囲の中で、世界観の説明、最初の戦闘、決着、バディとの会話、目的の開示――と、これから展開をさせるのに必要なセットアップを完全にこなしている。読者の準備は完全に整ったので、後は続きが書かれるのを待つのみ。待ちましょう。待っているので書いてください。
 ハッカーくのいちの花影ちゃんが好き。これから魅力的なヒロインになることが約束されている。もし800字の文字制限さえなければ、彼女の可愛さにもある程度描写が割かれていたに違いないんですよ!!


金のアルティメットメカ鵞鳥、或いは絶対に笑わないお姫様のハッピーエンド

 とんねるずのアレ。
 とにかくテンポが良くて面白い。
 「笑顔を忘れてしまった権力者を笑わせよう!」みたいな物語は数あれど、1発勝負でペナルティが即死は重すぎるんよ。『さや侍』だって30日の猶予はあったんだぞ!
 プロでもなんでもない一般人のクソみたいなネタを見させ続けられる姫様もかわいそうすぎるんだよな……。
 そして、なんでこの条件で次から次へと挑戦をするんだ……? 頭がおかしいのか……? どんだけ自分のオモロに自信があるんだよ……! 敵国に責められて滅亡の瀬戸際みたいですけど、この王令で結婚適齢期の若者が全滅するほど向こう見ずなら戦争なくても遅かれ早かれ滅ぶでしょこの国。どこかの国の王子もなんか来てるし、みんなもうちょっと命を大事にしよう……!


北風と太陽2021

 童話の現代リメイク。
 あの北風と太陽をどう味付けするか。この手の有名作品オマージュは、既に原作を知っている人間に対して非常に強い求心力を持つ(個人の感想です)反面、やっぱり味付けをどうするかによって、「それ○○の要素なさすぎ。○○でやる意味ある?」とか、逆に「あまりにも○○そのまま過ぎて、もうちょっと独自色が欲しいな」とか言われてしまうので諸刃の剣でもある。
 この作品では、「北風」と「太陽」は原作のように概念そのものではなく、(少なくとも)「北風」は風を操る異能者になっている。『北風と太陽』の原作のキモは「同じ課題に対して真逆のアプローチをした太陽が勝利を掴む」というところになってくると思うし、いったいこのふたりがどんなBATTLEを繰り広げるのか、そして、太陽の能力はなんなのか、といった謎が続きを読みたいと思わせる強烈なフックになっていると感じた。
 北風のキャラ付けも良い。粗野で粗暴、向こう見ずというマイナスの原作要素は「兄」が持って行っているし、800字の中でおでん屋の親父を涼ませている描写をわざわざ挟んでいるのも、「単なるやられ役ではないのでは?」と期待させる。SAVE THE CATの法則。猫を、助けろ……。


ライブ絵師JIN

 アイデアがすごい良い……。
 突如として動き出す、自らの創作物。そしてそれが自分が思いもよらない展開を引き起こすというのは、ある意味創作者の夢だよな……とも思わずにいられない。
 迫り来る敵に、自分のイラストをリアルタイムで介入させ、切り抜けていく……。まだ最初の敵が来た段階だが、これからどんな問題が来るのか、どんなイラストを描いて対応していくのか、期待させられる。
 『お絵かき配信』という設定にしてるのも、滅茶苦茶上手いな……。配信にすることで、客観的な第三者の反応(ツッコミとか)が表現できるだろうし、「厄介な指示厨」みたいな感じでキャラ付けとかをしても面白そう。配信のバズりが新たなトラブルを引き起こすのも楽しそうだ。
 コメントとかの再現度も高いのが良い。創作物の劇中配信コメントって、わりとリアリティのなさがどうしても出てきたりするものなんだけど、《焦るな。神絵師の動画で武器の描き方を学べ》とか明らかに役に立たないコメントをボケでする視聴者がいたりするのが「あるある~」という感じでとても良いと思う。


遵法復讐者

 サイバーパンク! 「往年の海外産サイバーパンク文体」ですよプロデューサーさん!
 どこから「往年の海外産サイバーパンク文体」を感じるのかというのは中々言語化が難しいんだけれど、たぶん「身体が全部吹き飛んで脳みそ半分だけになってしまった」という悲壮感極まりない状況であっても、どこか飄々としているというか、前向きさは微塵も失われていない部分なんかがそう感じさせるのかなぁ。まあ、こんなこと語っていながら、別に私はそんなにサイバーパンクを読み漁っているわけではないのでだいぶアレですが。
 逆噴射小説大賞のレギュレーションだと、『遵法』の説明は数行で終わらせて、サクッと一人目への復讐で話を動かそうとしてしまいそうなものですが(というか一人目への復讐の場面を切り取り、その中でさらっと『遵法』の説明をするって感じか)、あえて『遵法』の部分へ焦点を当て、医者とのやりとり、自身にかけられた制限の説明に終始させた結果、主人公への共感や、この世界にどっぷりと読者を浸からせることに成功していると思う。


恋する鋼鉄

 女性だからというだけで舐められていたヒロインが、確かな実力をもって舐めてきた男をぶちのめす。
 王道の展開でいいですよね。みんなも好きですよね。私も好きです。
 ただまあこの作品はぶちのめすどころか首を落とすまで行ってしまってるんですが……。

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出典:南條範夫/山口貴由「シグルイ」

 魅力のあるヒロインに焦点を絞り、彼女の紹介エピソードをがっつりやるという構成で、読んでいるこっちもアンナの魅力や恐ろしさを十分感じたところで、改めてタイトルを見直す。
 恋する鋼鉄
 
……恋するの!? アンナが!? 誰と!?
 到底恋愛とかしそうにないなってキャラが誰とどんな風に恋に落ちるのか、そして恋をすることで、どのように変化が生じるのか、一読者として非常に気になる。恋をしてふにゃふにゃになったアンナが見てえなあ!あぁ^~続きが読みたいんじゃあ^~。


俳優アントニオ・マルティネスについての記憶

 物語を牽引する強い要素のひとつに「葛藤」があること。そして、どうすればそれを産みだせるのかが示された、お手本のような作品。
 同一人物アントニオ・マルティネスに対して出された、殺しの依頼と護衛の依頼。一八〇度真逆のふたつの依頼のどちらを選ぶかという両天秤に加えて、主人公自身のスタントマンという「表の顔」と、何でも屋という「裏の顔」の生活の二面性。さらには表の仕事のパートナに対して、裏の顔がバレそうになるというデンジャラスさも描かれている。
 読んでて「これ本当に800字か?」と疑いたくなるほど様々な要素が詰め込まれている――のにも関わらず、駆け足な印象が全くない。どんな魔法が使われているのか。すごい計算して書かれているんだろうな――ということが読んでいてひしひしと伝わってくる。すごいと思いました。


レディオ・タンデム・モーター・スペクター

 冒頭、いきなりおっぱいについての描写が始まる。
 文字数を数えると、121文字。121文字だ。逆噴射小説大賞に投稿した方ならわかってもらえるだろうが、この大賞はとにかく文字数をどう削るか、という部分に非常に力を注ぐ。冗長な表現を削り、情報や描写を最低限のものに留め、過不足なく読者に伝わるように神経を使う。入れたかった描写、表現、必要だと思っていた要素も、泣く泣く削る。
 だが、この作品は121文字をおっぱいの描写に使っている。
 おっぱいは老若男女大好きだ。私も大好きだ。自作でも、ヒロインのバストを豊満な設定にした。だが私は描写を削った。ヒロインの胸の描写は、「胸」とすべきところを「豊かな胸」にするにとどめた。+3文字だ。それで良しとした。妥協した。
 私は退がった。この作品は、踏み込んだ。
 ――完敗だ。 


薄火点

 どひー。す、凄い作品だ……。
 煤と油の混じった灰色の雪。人体程度の温度で自然発火する雪というワンアイデアそれだけで滅茶苦茶SFとして強い。この世界での生き方、独自の災害、そういった生き様を描くだけで相当魅力的な作品として成立するだろうことは想像に難くない。
 この作品はそれだけにとどまらず、『遊星からの物体X』のようなソリッド・シチュエーションの成り代わりホラーの要素も貪欲に取り入れている。この題材も、たぶん逆噴射レギュレーションの中で一本独立した作品として戦えるに違いない。
 それぞれ魅力的な要素、そのふたつの題材を融合させて、贅沢な仕上がりにしている。凄いなぁ……。続きが読みたい……。続きはないんですか?(絶望)


 10作品。noteの仕様で見出しが11個以上あると折りたたまれてしまうっぽいので、パッと見てなんの作品が紹介されてるかがわかるように、これぐらいのペースで紹介していければと思う。



おまけ

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出典:藤本タツキ「チェンソーマン」


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