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アーカイブ・性的豊穣儀礼としての大綱引きの一考察

 1.はじめに
 世界的に有名な記録映像作家で民俗学者でもあった姫田忠義氏は、三朝の大綱引き「陣所」を見るなり、「こんな大きな綱を藤葛で作るとは、まるでアートですね、縄文の息吹を感じます」と驚嘆され、「陣所」を国の重要無形民俗文化財に指定されるよう尽力されました。

 沖縄から東北まで日本全国に、更には韓国まで、雄綱と雌綱を合体させ引き合う性的豊穣儀礼としての伝統的綱引きが広く行われていますが、綱を蛇と見立てたこのような綱引きの起源はどこにあるのでしょうか?

 姫田先生の言葉と、環境考古学の安田喜憲氏の論文等を援用して解明したいと思います。

2.縄文時代の蛇信仰
 縄文時代は一万年以上続き、日本の歴史の80%を占めます。狩猟、採集、漁撈、半栽培で食料を得ていましたが、16500年前に、世界に先がけて土器を発明したことによって、煮炊きが出来るようになり、より多くの食材を活用し自然と共生しながら定住しました。

 そのような生活の中で、縄文人の願いは四季の移り変わりと共に、山、原、川、海の恵みがあることであり、彼等は太陽や月それに山を祈りの対象としました。

 また子供を生み、子孫を残すという切実な願いは、性的情念をかき立て、祈りの対象となったのは蛇でした。

 蛇は外形が男根に似ていることから、生命や精力の源と見なされ、脱皮をくり返し成長することから、生命の再生、更新の象徴となり、毒蛇は毒を持って敵を一撃で倒すことから、人間を超えた力を持つ生物として畏怖されました。

縄文土器には蛇の造形が多くあります
これはマムシでしょうか

 そして蛇の交尾は15時間にも及び、その精力の強さは豊穣性や子孫繁栄のシンボルとなり、絡み合う蛇の姿は縄と重なり、縄も同じく豊穣性の呪力を持つようになりました。

 縄文土器にも蛇の造形が多くあり、土器表面の縄目模様も蛇の生命力を刻印して豊穣を祈る呪術的な意味があるのではと、考えられています。

3.稲作漁撈文明と水利共同体
 縄文時代中期には、中国大陸に黄河文明と長江文明が興りました。

 黄河文明は畑作牧畜文明で、穀類を栽培し家畜を飼育しました。
水は天水を利用し、土地の所有者が水を独占し、森を切り拓いて牧野に変え、水が枯渇すると他の土地を求める文明でした。

 一方、長江文明は稲作漁撈文明で、一つの水源の水を各々の田に平等に分け合うという水利共同体を持ち、源流の山や森を敬う文明でした。

 しかし黄河地帯が寒冷化すると、畑作牧畜民は南下を始め、長江文明を圧迫し戦乱が起きました。

 長江流域のある部族は山岳地帯に逃がれ、また一部はボートピープルとなって日本列島にたどり着き、水稲耕作を伝えたといわれます。

安田喜憲先生の講座より 右の絵は鳥取県淀江町角田遺跡出土の土器にあった絵で
舟を漕ぐ人達が、頭に鳥の羽根を付けています

 長江文明も蛇を水の神として崇めていたため、縄文の蛇信仰とも融合したと考えられます。

 弥生時代に水稲耕作が普及し拡大すると共に、各地に水利共同体が生まれ、蛇は山→里→海の水の循環を守る神となり、これは交合する雌雄の蛇から稲妻が発せられ雨が降るという姿で、注連縄となっています。

ヘビの交尾
交合するヘビから稲妻が発せられ雨がもたらされる

 大綱引きは、注連縄にかけた豊穣と子孫繁栄の祈りを、より能動的に訴えるため、雌雄の綱を実際にかけ合わせ引き合うという祭事になったのではないでしょうか。

 棚田に象徴されるように、水を分かち合う水利共同体の長い歴史の中から「お互いさま」「おかげさま」とか譲り合いの心や、利他の精神が育まれ、日本人の心の基層を作って来たのです。

島根棚田元気ネットより

 それは3.11の時、帰宅困難者が駅で夜を明かしましたが、階段に人が通れる幅だけ空けて座り、世界の人々が「あれは日本人にしか出来ない」と絶賛した事にも現れています。

 水利共同体の精神と共に、古代の蛇信仰は、流域の水の循環を守る神として、神社の注連縄に、大綱引きに、そしてどの家庭にもある水道の蛇口として、現在に生きているのです。

4.日本遺産の構成要素としての陣所
 三徳山と三朝温泉は、日本遺産第一号に認定されましたが、大綱引き陣所もその構成要素となっています。

 三徳山は役行者が三枚の蓮弁を「仏法に縁のある地に降ちよ」と虚空に放ち、一枚が三徳山に降りた事で、三徳山は山岳仏教の聖地となりました。

国宝「投入堂」・役行者が法力で投げ入れたのでその名がつきました

 また三朝温泉は、主家の再興を祈願するため三徳山に参詣しようと三朝の郷に入った源氏の侍が、突然現れた白い狼に驚き、射殺そうとしましたが、聖なる獣と感得し見逃したところ、夢に妙見菩薩が現われ、温泉の湧く場所を教えたと伝わっています。

私の切り絵です

 聖なる山、三徳山と、源流の森を守る狼、それに水利共同体の水の循環を守る蛇としての大綱と、三朝は西洋では邪悪なものとして忌み嫌われる狼と蛇を共に祀る、世界でも唯一の町かも知れません。

 自然を神や仏として崇め畏敬する世界を、空海は「山川草木国土悉皆成仏」と表わしました。

 5.まとめに代えて
 このように自然を支配せず、共生し循環するアニミズム的世界像は、自然破壊が進み、水不足が人類共通の課題になっている現在、もう一度見直さなければならない世界観でしょう。

 三朝の陣所は太い藤葛で作られ、他に類を見ないものです。硬く不揃いで曲がりくねった葛を使うことは、ワラ縄で作る他の大綱と異なり、一筋縄ではいかない難しさがありますが、まつろわぬ自然をねじ伏せようとせず、素材のクセを生かしながら作り上げる大綱は、人と自然の付き合い方も教えてくれるようであります。

陣所の結合部分です

 姫田先生は、そこにも縄文の息吹を感じられたのでしょう。

 現在、多くの伝統的大綱引きは、観光行事として、あるいは共同体の通過儀礼として位置づけられていますが
その背景には、遠い祖先達が作り上げた豊穣と子孫繁栄を祈る深く広い世界があり、現代文明の行方を問いかけているのです。

以上は2年前に日本海新聞に3回に渡って連載されたものですが
先日取材に来たカナダのテレビクルーに英語版を見せたら
非常に興味を持ったので公開です😅
取材の目的は「日本の温泉とスピリチュアル」だったそうですので
ピッタリだったのでしょう😍

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