夏目万雷

ナツメ バンライ|作家もどき|この世を生き抜くあなたに万雷の拍手を。

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最近の記事

【小説】(最終話) 透明の家 《第七話 後編》

 私には夫がおりました。  新卒で入社した銀行で出会った、とても穏やかな男性です。 周囲の人にとても優しく、会社の人たちからの信頼も厚かったその人は、表情のあまり変わらない私に対しても明るく微笑み続けてくれました。 その優しさは会社の外でも変わらず、見知らぬご老人や子供たちからも好意をもたれるような素晴らしい人格の持ち主でした。私は彼が店員さんに横柄な態度を取ったり、誰かの悪口を言っているところを見たことがありません。  こんな菩薩のような人がこの世にいるのか。  私

    • 【小説】透明の家 《第七話 前編》

      【コンシェルジュ:深海愛美】  ──油断した。  そうだ、この人は、私が思っていた以上に面白い人だった。  私はサンタ帽を被りながら真っ白でボリューミーな付け髭をつけ、得体の知れない吹き戻しを手にしている深海さんに手土産を渡しながら、必死に笑いを堪えていた。 「北条様、お差入れありがとうございます」  お礼だと言わんばかりに、ピョロロロ~っと吹き戻しを吹きながら頭を下げる深海さんに、思わず私は吹き出してしまった。 「あははっ!なんですか、それ!そんな大きいの、初め

      • 【小説】透明の家 《第六話 後編》

        「……大変な思いを……してきたんだね……」  ハルさんはガヤガヤとした店内の雰囲気には似合わない、葬式帰りみたいな顔をしている。 こういうところが癪に触るんだよなぁ、と思いながら5杯目のビールをガッと飲み干した。 「でも、どうして目立たないようにしてたのに、その……狙われたんだろう……」 「……はぁ~……、本ッッ当に分かってないなぁ」  身体中の空気を絞り出すように、でっかいため息を吐いた。一つだけ残っていた枝豆を食べて、山積みになっている殻の上に新しい殻を慎重に積

        • 【小説】透明の家 《第六話 前編》

          【?号室:宮小路舞】  厄日って本当にあるんだ。  目の前に座っている男の顔をじっと見つめながら思った。  あれから二週間くらい経っているけど、いまだにイライラしてくる。 あの時の年上ぶった口調。凝り固まった甘ったるい思想。繕った笑顔。言葉選び。全てが癪に障る人間だった。 (……顔だけは整ってんな、マジで)  そこに余計に腹が立つ。 きっと女にちやほやされて育ってきたんだろう。 異性から加害されることもなく、のうのうと。  私も見た目だけはよく人に褒められる。 近

        【小説】(最終話) 透明の家 《第七話 後編》

          【小説】透明の家 《第五話 後編》

          それから一週間後、深海さんから電話がかかってきた。 「お相手様より、話し合いの許可をいただきました」  思わず休憩所で一人ガッツポーズを取る。 「お日取りについてですが、今週の日曜日はいかがでしょうか」 「はい、大丈夫です!ありがとうございます!」 「今回は入居前ですので、お二方の名前をはじめ、身分や年齢などはお伝えできません。もし今回ご縁がなかった場合、その後お相手様のご迷惑になるような接触はお控えください。その際のトラブルについては私どもは一切関与できませんので

          【小説】透明の家 《第五話 後編》

          【小説】透明の家 《第五話 前編》

          【?号室:北園蓮】 「北園さんってェ、彼女、いるんですかァ?」 「あはは……。なんですか急に」  酒の席になると、この手の話が増える気がする。 「私、北園さんのこと、気になっちゃってェ」  にじり寄ってくる彼女から距離を取るために、席を半分ずらして座り直す。 「彼女、いますよ」  適当に嘘をついて、ちびりとウーロンハイを口に含む。 「ええ~!ショック~!」 「いやぁ、北園はイケメンだからなぁ!どう見ても彼女いるだろぉ!」 「係長には聞いてませェん!」  

          【小説】透明の家 《第五話 前編》

          【小説】 透明の家 《第四話 後編》  

          足元がおぼつかない。 誰かの足と差し替えられたのかと思うほど、上手く歩くことができない。 胃が焼けるようにあつい。頭はぐるぐるとしているし、焦点も定まらない。いつもよりも明るく見える街頭の光がチクチクと視神経を刺激して、自分の醜態を嘲笑っているかのように思えた。  自分が酒に耐性がないということは知っていた。だけど正気のままではいたくなかった。だから会場から離れた居酒屋にふらりと入り、酒を煽った。  どの種類の酒が度数が高いかは分からなかったので、ただひたすら飲酒量を増

          【小説】 透明の家 《第四話 後編》  

          【小説】 透明の家 《第四話 前編》

          【802ーB号室:氷川聡】    子供の頃、通信簿が苦手だった。  テストでは常に学年一位だったし、実技が必要となる科目でも必ず上位には入っていた。色々なコンクールにも入賞し、表彰されることも度々あった。学科評価の数字はいつも最高ランクのものが付いていた。しかし、生活態度のコメント欄にはあまりいい思い出はない。 「氷川くんは、頭で考えてしまうのかしらね」  当時担任だった女性の先生に、そう言われた。人間が思考する部分が頭以外にあるのかと、その当時は本気で考えてしまっ

          【小説】 透明の家 《第四話 前編》

          【小説】 透明の家 《第三話 後編》

          「まぁ~!きれいなお部屋ねぇ!」  当たり前だ。昨日の電話を受け、早くからみんなで準備をしていたのだから。沢山の人に迷惑をかけながら。  呑気に感激している母へのせめてもの抵抗として、困ったような目線を向けてみる。しかし、私の都合など一切考えていない母は、その表情の意味に気づくはずもなかった。 「ここがリビング?あら、素敵なソファね!まあ、可愛いお花まで!」  芸能人のお宅訪問でもしているかのような細かいチェックに、開始早々辟易としてしまった。楽しんでもらえて何よりだ

          【小説】 透明の家 《第三話 後編》

          【小説】 透明の家 《第三話 前編》

          【802ーA号室:三船香奈】   ギュイッギュイッギュイッギュイッ。 コルクに螺旋状の金属が食い込んでいく。  この音がするときは、決まって何かしらのお祝いをするときだった。兄が大手メーカーに就職が決まった日、家族みんなで。私が初めて担当したプロジェクトが成功した日の夜、仲間と共に。大学時代の親友の結婚が決まったとき、友人たちと。そして、私が自分の人生を決めた、あの日。  どれもかけがえのない思い出だった。だから私は、今回もこの音を聞けたことが嬉しくてたまらなかった

          【小説】 透明の家 《第三話 前編》

          【小説】 透明の家 《第二話》

          【502ーB号室:南圭吾】 「いやあ、めでたい、めでたい!」 「遠慮せずに召し上がってくださいねぇ!」  上機嫌な中年男性とその奥様を前に、散々練習した愛想笑いを浮かべる。ここ数日、普段使っていない顔の筋肉を動かしたせいか、顔の筋肉が痛い。正座した足の置き場所もなんだかしっくりこなくて、もぞもぞと体を動かしていると、隣に座っていた北条さんが「大丈夫ですか?」と気遣ってくれた。今日は彼女の両親への挨拶の日だ。  挨拶に行くだけだという話だったが、目の前の机の上には盆と正月

          【小説】 透明の家 《第二話》

          【小説】 透明の家 《第一話 後編》

            見渡すかぎり青い空。連日続いていた雨は上がり、絶好の引越し日和となった。 時折葉っぱから滴り落ちてくる雨の名残りを避けながら、遊歩道を抜ける。まだ端が濡れている住宅街の道を軽やかな足取りで通り過ぎていくと、目の前に高々と聳え立つマンションが現れた。  今日から、ここが我が家か。  変わらない生活をするための、新しい生活。矛盾するこのスタートに心躍らせつつ、僅かながらの心のざわめきとともに足を進めた。  ガラス越しにロビーの中に目をやると、深海さんともう一人のスタ

          【小説】 透明の家 《第一話 後編》

          【小説】 透明の家 《第一話 前編》

          【502-A号室:北条みのり】  日曜日だというのに、スーツを着ている。 「今年一番の暑さとなるでしょう」というフレーズがテレビで頻発される季節に、どうしてジャケットを着なくてはならないのか。相手に不快を与えないためのビジネスマナーだというのならば、汗だくでジャケットを着ている人よりも、シャツだけで涼しげに見える人の方がよほど見ていて爽やかだと思うのは、私だけだろうか。  ショーウィンドウに映った自分を見ながら、そんなことを考えた。  映し出された自分のドロドロさに愕

          【小説】 透明の家 《第一話 前編》