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モメンタム戦略を考える

できるだけあらゆる相場で機能するリスク・リワード効率の高い分散トレード戦略を模索する過程の備忘録です。

前回まで()で、自分のトレードの分散設計において中心となる以下のコンセプトを確認しました。

  • 時間軸によって資産クラスのリターンは大きく異なるという事実を利用するために、機動的なローテーション(≠リバランス)自体をポートフォリオ化することによって、リターンの最大化を追求する

  • 同じ資産の組み合わせを永久に持ち続ける静的な分散化ではなく、その時々に上昇している資産に動的に乗り換えていくことによって、リターンを最大化しながら時間軸において十分に分散しているのとの同様のリスクヘッジ効果を狙う

今回、そのコンセプトに最も近いと思われる「デュアルモメンタム戦略」を知ったので、それらに触れつつ、自分のトレードへの応用を考えます。



モメンタム戦略とは

結論から言うと、これまで検討してきた「その時々でパフォーマンスの良い銘柄に次々と乗り換えていく」戦略は、『ウォール街のモメンタムウォーカー』(ゲイリー・アントナッチ著)で紹介されている「デュアルモメンタム戦略」とほぼ同じイメージの戦略でした。


「モメンタム」とは、ビジネスでもよく使われる言葉でもありますが、投資の文脈においては、シンプルにいえば中長期のトレンド・フォロー戦略を意味します。

モメンタム戦略とは (…) 投資においてパフォーマンスが継続することを言う。パフォーマンスの良い投資は良いパフォーマンスが続き、パフォーマンスが悪い投資は悪いパフォーマンスが続く。

『ウォール街のモメンタムウォーカー』p37

モメンタム投資は(その名称が見つかるはるか前から)長い歴史があります。経済学者リカードの「損切りは急ぎ、利食いは遅くせよ」 (1983年) から世紀の相場師リバモアのアプローチ、現代のトレンドフォロワーからインデックスをガチホするNISA投資家まで、やっていることは基本的にモメンタム投資であるという理解ができます。

それを更にリスク・リワード効率の良い形に発展させたものが、アントナッチのデュアルモメンタム戦略です。スキームは非常にシンプルで、米国株ETF($SPY)と非米国株ETF($VXUS)と米国債ETF($AGG)の直近のパフォーマンスを月に1回比較して、最も調子の良いものに乗り換え続ける、という手法です。ただ、それだけです。

デュアルモメンタム戦略とオルカン($ACWI)のバイ&ホールドの長期パフォーマンスを比較した検証では、リターンのサイズと安定性(年平均リターン +8.6%)、リスク・リワード比(年平均シャープレシオ +0.65)、下方リスクの低さ(最大ドローダウン -38%)と、あらゆる面においてデュアルモメンタムがオルカンをアウトパフォームします。

効果の大きさを理解するには、本書から引用した以下のテーブルとチャートを見るだけで十分でしょう。


はじめから本書を読んでおけばよかったという話ですが、新しい取り組みの立ち上げにおいては、「自分で手を動かして自分なりに頭を働かせて作業してみたら既存理論の再発明になってしまった、という場合が長期的には最高効率である」と私はこれまでの仕事の経験から知っています(これを個人的に「車輪の再発明のパラドックス」と呼んでいます)。
なので、まあ必要経費だったと納得しておきましょう。


唯一機能し続ける投資アノマリー

モメンタムは、過去から現在まで一貫して機能し続ける唯一の投資ファクターだと考えられています。投資ファクターとは、シンプルに言えば、超過リターンの獲得をシステマティックな投資アプローチで実現するために、資産の特徴によって定義された投資ユニバースを設定する手法のことです。

主な他の投資ファクターについて、例えばバリュー・ファクターはファンダメンタルズに対して割安な銘柄を買う戦略で、日本人はバリュー投資を好む人が多い印象があります。代表的な投資家はウォーレン・バフェットや『世紀の空売り』のマイケル・バーリなどでしょうか。一方で、バリュー・プレミアムの優位性は十分に検証されておらず、その再現性ははっきりしません。バフェットのような特異なセンスを持つ者が信じられないほど長い期間取り組めば(彼は11歳から93歳の現在に至るまで市場にいる)上手くいくかもしれないもの、といえます。そのバフェットでさえ近年のパフォーマンスはS&P500を大きく超過できておらず、少なくとも私は、自分のトレード戦略のコアとして信じることはできないです。

クオリティ・ファクターは収益や財務の安定性を銘柄の選定基準とする戦略で、(こちらも日本人の個人投資家に多い)高配当投資に実質的に近いものだと考えています。

サイズ・ファクターは統計的に小型株のパフォーマンスが大型株よりも良いという前提(小型株効果)に基づいて行う投資戦略です。ただし、この小型株効果は現在では消滅しているという見解が主流で、流動性が非常に限定的な超小型株にしかその優位性は残されていない可能性が高いです。この領域で現在も市場に勝っている投資家は、一部のベンチャーキャピタルのみではないでしょうか。

1800年以降を対象とした超長期の検証において、モメンタム・ファクターは一貫して他の投資ファクターをアウトパフォームし続けているだけでなく、現時点で唯一、長期的に機能し続けている投資戦略であると言えます。


なぜモメンタム投資は機能するのか?

万物はトレンドを形成するから、と端的に考えています。転がり始めた石ころはスピードを上げて転がり落ちていく、散らかった部屋はさらに散らかり続けていく、勝ち続けたスポーツチームは常勝軍団になっていく、裕福な家庭に生まれた者は良い学校や会社に入りさらに裕福になっていく。
もちろん株価に重力は関係ないですが、いちどトレンドが作られると、物事は人が思うよりも長く同じ状態でありつづけるということです。

もちろん、よりアカデミックな説明もあります。行動経済学的な解釈としては、一般的な行動バイアスによって説明がつくとも言われています。つまり、最初に知った時の株価を過度に重視する傾向によって、その後の株価の動きをトレンドだとみなしてしまうこと(アンカリング効果)、直近の株価に基づいて将来の株価を予想しようとすること(親近効果)、他の人が買っているから自分も買わなければと思ってしまうこと(群衆行動)、トレンドに反する情報を無視または過小評価してしまうこと(確証バイアス)、などなど。

どのような理由が背景にあっても、株価の動きや石ころの位置、部屋の整理整頓具合、レアル・マドリードの今季の順位、有名人の息子の年収や入学した大学の偏差値などなどがランダムに決定されているとは普通は考えられず、一定の時間軸においてはトレンドに従った状態にあるはずです。

なぜデュアルモメンタム戦略はより有効に機能するのか?

多くの投資家が戦略的または無意識に利用する相対モメンタム、つまり他の銘柄と比較して勢いの良い銘柄をトレードすることに加えて、絶対モメンタム、つまりベンチマークにしたい特定の資産(大抵は短期債券かS&P500)と比較してパフォーマンスが良いときにだけ投資を行うこと、攻守2つのモメンタム投資を組み合わせる戦略であるからだと考えています。

相対モメンタム、例えば米国大型株(S&P500)と小型株(Russell 2000)と非米国株($VSUX)を比較してパフォーマンスが良いものを選ぶことでリターンの上振れを狙いつつ、同時に米国債($AGG)とも比較して、もしパフォーマンスが下回っていれば(それは多くの場合マイナスリターンの状態のため)米国債に逃げて下方リスクから防御する、という乗り換えが機動的かつ的確に行えます。トレンドがあれば良いトレンドに乗り、トレンドが無いか悪ければ安全資産で雨宿りをすることで、リターンとドローダウンを最大効率にすることができる、というのがデュアルモメンタムの基本的な枠組みになります。

これまで素人なりに考えたコンセプト()とも合致する通り、時系列で分散投資していることにもなります。あらゆる天気に対応するのに、常に傘を差して歩く必要はなく、雨が降ってきたら傘を差せばよいということです。


デュアルモメンタム戦略は何に弱いのか?

デュアルモメンタム戦略は雨が降ったら傘を差し、晴れ間が差したらスニーカーに履き替える戦略です。その具体的なトレードルールは以下です。

デュアルモメンタム戦略の基本ルール

<STEP 1> 相対モメンタムと絶対モメンタムの計測
毎月月末に、任意の投資ユニバース内の銘柄について、任意のルックバック期間でパフォーマンスを測り、最も良いものを選ぶ。
 - 例えば、$SPY(米国大型株), $QQQ(米国テック株), $IWM(米国小型株), $VXUS(非米国株)という銘柄群と、ベンチマークまたは防御資産として使いたい銘柄、例えば$AWCI(オルカン)や日経平均、$AGG(米国総合債券)について、過去12ヶ月間のルックバック期間におけるパフォーマンスを比較し、最も良いものを見つける。

<STEP 2> ポートフォリオの入れ替え
STEP 1で選んだ銘柄を買う。
 - その銘柄と前月の銘柄が異なる場合は、前月の銘柄を月末最終日の寄り付きで売り、今月の銘柄を月末最終日の引けで買う。その銘柄が前月の銘柄と同じであれば何もしない(ホールドする)。

以上より、この戦略の弱みとして、まず第一にブラックマンデーやコロナショックのような突発的な市場の暴落には対応できない、という点が考えられます。
デュアルモメンタム戦略では、その設計上、銘柄の入れ替えは最大でも月に1回という頻度は固定する必要があります。これより高い頻度で入れ替えを行うと、平均回帰のダマシにあうため、パフォーマンスが低下するからです。よって、1ヶ月以内の時間軸で生じる暴落には対応が遅れざるをえません。

そういった事態に遭遇した場合、基本的には、戦略の必要経費として受け入れてすぐに安全資産への乗り換えを行う必要はないです。株式市場の傾向として、素早く下落した市場は素早く元の水準に戻る(平均回帰する)し、回復まで長い時間がかかる暴落は、その下落にも長い時間がかかる(トレンドを形成する)からです。素早い暴落に対しては、静観し、月末にトレードルールに従って判断すればよいだけとなります。

・・・はい、気づいています。恐らく問題は、ルールや戦略の堅牢性ではなく、世界が終わりそうな暴落を目の前にして戦略やルールに忠実に行動できるか、という点でしょう。こればっかりは自分を信じるしかありません。その確信を得るためにこの記事を書き、このあとの記事では自分の手を動かして検証を行おうとしています。

暴落の底で買う、あるいは暴落を前にしてあえて動かない、という行動は、恐怖を無視して、人間の性質に反する意思と行動が必要とされます。例えばデュアルモメンタム戦略がこれほど効果的に見えるのに、世界はそれで大金持ちになっている人で溢れ返っていないのは、戦略を遂行する心理的ハードルがあまりに高すぎるからでしょう。

よって、第一の問題の本質は、目の前の恐怖や親近効果、アンカリング効果、群衆行動バイアスに打ち勝つ強い心をモメンタム投資家は持つことができるか、ということに帰結します。

第二の問題として考えられるのは、戦略の構造上、市場平均やベンチマークのパフォーマンスが良い上昇相場では上振れ幅が少なくなる、ということでしょうか。デュアルモメンタム戦略は下方リスクに強い性質があるので、下落相場では指数を大きくアウトパフォームする一方、上昇相場では指数そのものが高いパフォーマンスを上げるので、指数と同等か若干上回ることはできたとしても、大博打を仕掛けてハイパーグロース株を掴むことのできた裁量トレーダーには短期的には劣後するはずです。

ここでも問題は心理面に着地しそうです。
モメンタム投資家は、FOMO = Fear Of Missing Out (取り残される恐怖)を克服する必要があります。自分の手を動かしてバックテストを行い、慎重にトレードルールを設計することで、戦略の堅牢性を信じる。基本的にはそれしかなさそうです。自分が何を欲しがっているのか。資産をすぐに30倍にすることなのか? 資産を減らすリスクを最小限にしながら生活のための追加収入を得ることなのか? なぜ自分がモメンタムというアプローチを選んでいるのか、明確にして心理的な準備をする必要があります。

もうひとつ実践的な対処法としては、上昇相場ではデュアルモメンタム戦略の配分を落とし、ハイパーグロース株を短期的に掴むためのポーションをポートフォリオの中に持つ、という解決策が考えられます。
中長期のトレンドフォロー戦略としてデュアルモメンタム・アプローチを持ち、短期のアクティブトレード戦略として別のものを持つというのは、時間軸における分散効果も働くため、ポートフォリオに対して有効なはずです。

この点については、デュアルモメンタム戦略を固めたあとに、ネクストステップとして宿題にしたいと思います。


デュアルモメンタム戦略を応用するには?

やっとここまで来ました。

デュアルモメンタム戦略の中で動かす意味のある唯一のパラメータは、投資ユニバース同時保有する資産数のみです。

ユニバースについて思いつく選択肢としては、アントナッチのGEM(Global Equity Momentum)のセットの他に、前回の記事で参照したギル・ブレイクのセクター・モメンタム・ローテーション(と思われる手法)も考えられます。アントナッチの書籍の中でも軽く触れられており、良いパフォーマンスが期待できる応用法だと述べられています。

その他に、ラリー・コナーズの『アルファ・フォーミュラ』にて、恐らくデュアルモメンタム戦略を応用したと思われる「ライジング・アセット戦略」が紹介されています。
これは、米国株、非米国株、国債、社債、不動産、貴金属といったグローバルのあらゆるアセットを代表するETFをユニバースとして、相対モメンタムと絶対モメンタムに基づいて最大5つの資産を同時に投資する戦略です。
長期パフォーマンスの検証では、S&P500 ETFのバイ&ホールドを若干上回るリターンを上げながら、大幅に良好なリスク・リワード効率とドローダウン幅を実現できるとされており、ぜひ検証に含めたいアイデアだと考えています。


デュアルモメンタムの改良で注意すべき点

過去データへの過剰適合には十分な注意を払いたいところです。
ユニバースを広げ、保有数やルックバック期間を細かく微調整すれば、過去のデータにおいては最大効率の組み合わせが見つかるはずですが、それがなぜ機能するのか?に腹落ちできる回答ができなければ、将来にわたる再現性を信じることはできないため、安易な改良案に飛びつく必要はないと考えます。

ということで、本日の記事はここまでです。
次回の記事で、具体的な投資ユニバースを含めた、自分に合ったデュアルモメンタム戦略の設計と検証をためてしみたいと思います。


そういえば:なぜNISA投資家はデュアルモメンタムを使わないのか

明らかに、単に知られていないから、でしょう。

インデックスETFを長期保有するという戦略は、1つの銘柄のみをユニバースとするリスクヘッジのない相対モメンタム戦略と同義です。モメンタム投資を知る人からすれば、信じられないほど強気なリスクテイク戦略に見えるでしょう。

NISA投資家の戦略である株式の超長期保有において、決して避けることのできない現象であるドローダウンを想定し、ドローダウンがどれだけ長引くことがあるかを想定し、長引くドローダウンが保有者の心理や投資行動にどのように影響するか想定し、準備ができているような、NISA枠内での投資を始めたばかりの一般投資家はほとんどいないはずです。もしいたら、多分、貯金をしているでしょう。

自分も、超過リターンを求めて個別株トレードを始め、なんか思ったようにいかず、勉強を始めて偶然たどり着いただけですし。
インデックスガチホ投資家が下方リスクの現実に直面する次の暴落のタイミングには、恐らく、どこかのインフルエンサーがデュアルモメンタム戦略を有名にしているのではないかと予想しています。



参考文献

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