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連帯️(Solidarity、ソリダリティ)について、南アフリカから考える

ずっここのテーマで書こうと思って、時間が経ってしまいました。

これまでのnoteに書いてきましたが、私が学部生時代、ひょんなことから中東世界にハマり、イスラエル・パレスチナの地域を中心に行き来しました。初めて彼の地に行ったのは、かれこれ10年以上前になります。

そして、これまでひょんなことから南アフリカという国に行き着くことになり、移住してはや5年が経ちます。

昨年2023年から、パレスチナの地で、大きな衝突が再び起きています。
そして、この長く続く紛争の大きな転機になりうる出来事、ICJによるジェノサイド審議に、私の第二の故郷である南アフリカが関わっているのです。

ここ南アフリカで、パレスチナ・ガザの解放運動に参加して、見てきて、連帯(Solidarity・ソリダリティ)の意味について考えたいと思います。

連帯(Solidarity・ソリダリティ)とは

2023年に対立が激化してから、南アフリカでは各地でデモやアクションが絶え間なく行われています。
特にイスラム教徒もユダヤ教徒も多いのがケープタウンは、とりわけアクティブ。建物全体がパレスチナの国旗の模様になったところまで。

私の住むヨハネスブルグでも、タウンの方に行くと、パレスチナとイスラエルに関するメッセージが書かれたグラフィティが溢れています。

アーティストによるイベントの一つに参加した時、”連帯”の意味を考えさせられました。なぜなら、私が思っていた”連帯”と、少し意味合いが違うように見えたからです。

私が参加したイベントが開催されていたのは、南アフリカのヨハネスブルグにあるソフィアタウン。そこにあるアート団体のオフィスを舞台に、パレスチナ・ガザに関するイベントが行われました。
ソフィアタウンは、かつてアパルトヘイト時代に、さまざまな人種や出自の人(のちに反アパルトヘイト運動を主導する人も多い)が共に住んでいた場所なのですが、人種隔離(差別)政策を進めるにあたって、大規模な強制退去が行われたこともあり、人権侵害や権利・解放運動の象徴的な場所です。

日本やその他の国のイベントで、パレスチナに関する「Teach in」という形式をとったものなどがありますが、主としてパレスチナで起こっていることを「学ぼう」というスタンスや、パレスチナの「ために」アクションしようというニュアンスを感じます。
しかし、南アフリカで起こっている”連帯”は、それよりも”私たち”の苦難を共に乗り越えよう、”私たち”を苦しめる抑圧に抵抗しようというメッセージがものすごく強いように感じるのです。

では、私たちは、一体何に対して抵抗しているのだろうか。

もちろん、パレスチナの人々の苦難に共鳴もしていますが、権力・抑圧・植民地支配(coloniality)・資本主義・西洋中心主義…そうしたものに対する抵抗として、共に戦うものとして、参加者がここにいる理由や、それぞれのアクションについて語り合う、そんな場だったのです。

パレスチナ・ガザという特定の場所に、直接関係がある必要はないのです。特別な知識が必要なわけでもないのです。

この社会に行き、構造的な暴力に対して抵抗する意思あるものが、それぞれの経験と思いを共有していたのです。

前に、南アフリカでインタビュー企画をしたことがあるのですが、ここに住む人は、構造的な抑圧やマイノリティ性を感じる人が多いことも関係しているかも
https://charitsumo.com/southafrica

中には、南アフリカのユダヤ人団体や、パレスチナ問題に関わらず抵抗運動としてアート活動をしている団体(代表者は無国籍の女性)、クィアによる「Fight group」などが主催団体として名を連ねていました。

そう、ここでは、パレスチナ・ガザの問題が、「私たち」の問題として語られていたのです。

これこそが、連帯(Solidarity・ソリダリティ)なのか!

私は、それまで、パレスチナの問題を語るとき、現地につながりがあり、原体験があるものとして語ることが多かったことに気が付きます。
この問題を語るある種のエクスキューズとして、彼の地に行ったことがあることを枕詞的に説明することが多かったのです。

でも、そうではなかった。

むしろ、現地での経験を話すことで、パレスチナ問題自体が、関係がある人だけが語れる物のように、私自身が”普通”の社会から遠いもののようにパッケージ化してしまっていたのかもしれない。
そう気付かされました。

南アフリカには、パスポートを持っていない人もたくさんいるし、ましてや日本のパスポートのように旅がしやすいわけでもないのです。

アパルトヘイトの歴史、近隣国からの移民と共に生きる経験、そして国際社会の動きに翻弄され、それでもたくましく生きる南アフリカに人々は、自分達の問題としてパレスチナのことを語っていたのだと思います。

南アフリカとイスラエルとパレスチナ

とはいえ、南アフリカは、日本に比べると、歴史的につながりが濃いことに気付かされるのもまた事実。

例えば、街中でキッパ(ユダヤ教の男性が頭につけるもの)を被ったユダヤ人家族を見かけることは珍しくありません。
ヨハネスブルグの東部にユダヤ人が多く住むエリアがあり、土曜日に通りがかるとシャバット(安息日)なので家族連れがお散歩していたり、スーパーでハヌカ(ユダヤ教の新年)のためのアイテムが売っていたりもします。

イスラム教徒も多いので、モスクを見かけたり(今、ヨハネスブルグにある大きなモスクには、大きなパレスチナの国旗が掲げられています)、マーケットでパレスチナ人移民の家族がパレスチナ料理を売っていたりすることも。
ラマダーンの時は、夜遅くまでモールにムスリムの家族がワイワイ楽しんでいます。

南アフリカに移住してから、イスラエルに出張に行ったことが何度かあるのですが、実は直行便もあってビジネス的なつながりも結構あるのです。(それもそのはず、南アフリカはダイアモンドの産地であり、ダイアモンド産業は・・・と考えるとみなさんも想像がつくと思います)

南アフリカにはユダヤ人も多いですし、その逆も然り。
イスラエルに行った時も「南アフリカに住んでいる」というと、「私の親戚が南アフリカにいるよ!」という南アフリカ系イスラエル人にもよく会いました。彼らの多くは元々は東欧に住んでいて、そこから南アフリカに移住し、さらにそこからイスラエルに移住したと言います。

また、目にするニュースから、現政権の強い反アパルトヘイト=反イスラエルによる占領のスタンスを感じることがありました。
南アフリカの現政権は、1994年に初めての黒人大統領、ネルソン・マンデラが当選してから、ずっと続く、ANCという政党です。

南アフリカの外務大臣の、ナレディ・パンドールさんは、ICJのニュースに合わせて名前を聞いたことがある人もいるかもしれません。
彼女は昨年の紛争が始まる以前から、強くイスラエルによる占領を糾弾しています。ウクライナでの紛争が始まった際も、欧米のダブルスタンダードを激しく批判し、パレスチナ問題についてよく言及していました。

こうした文脈を見ていたので、今回の南アフリカのアクションは、自然な流れのように感じられました。

(ちなみに、前にも記事に書きましたが、アパルトヘイト政権とイスラエル政権は蜜月の仲だったという話もあり、占領やアパルトヘイトに抵抗する同胞として、ANCは一貫してパレスチナ解放のスタンスを表明しています)

システムから社会を見ること

イスラエル・パレスチナでは、近現代ずっとずっと暴力が続いていて、人々は権力構造の中で痛めつけられてきました。そして、それは決して今のパレスチナの地だけを見ていても解決しない問題でもあると思っています。
私が初めて彼の地に行った2013年の後も、ガザ侵攻や空爆、ロケットなどの衝突、そして日常的な封鎖、移動の監視、チェックポイントでのハラスメント、家屋破壊、逮捕状のない拘留、デジタル空間の監視などが続いていたことを、少しずつ、少しずつ学んでいました。

知人で現地で活動している人も多くいるのですが、その中には南アフリカの「アパルトヘイト」を修士課程で学んだのちに現場に入っている人が少なからずいることに気づいていました。南アフリカに移住してから、この2つの関連性をあらためて強く認識しました。

(アパルトヘイト時代の南アフリカとイスラエルの比較についてまとめた動画がこちら↓)

多くの場合、紛争はケンカとは大きく違って、対等な2者間の争いに見えてもそうでないことが多いと思っています。

また、それぞれの集団を絶対的なものではなく、アイデンティティの流動性を認めること。そしてこのアイデンティティは、権力により押し付けられた分類に基づいていることもままあることを認識し、本質主義に囚われることなく、歴史的な文脈の中で把握できるようになる。つまり、システム・構造という視点から見るようになった時、対立構造は、それまでとはちょっと違って見えるものだと思います。

私自身、ポスト・アパルトヘイトの南アフリカで、さまざまな違いのポリティクスの中に身を置く中で、物の見え方が変わってきたように感じています。

壁と卵〜私たちの生きる社会のシステム

イスラエル・パレスチナの問題というと、日本の作家・村上春樹がエルサレム賞を受賞した時のスピーチをいつも思い出します。
有名なフレーズだけが一人歩きすることが多いのですが、もし時間があればフルスピーチをこのタイミングで聞いて見るのも素敵かも、と思うのでぜひ。

彼は、「壁と卵」という言葉を使って表現をしました。
スピーチの中で、彼は「壁」のことを「システム」と言っています。

イスラエル・パレスチナの問題であれば、個々人は卵です。
それはイスラエル人であろうとパレスチナ人であろうと、それ以外であろうと。
壁=システムに優遇される位置にある卵もいれば、とても脆い場所にある卵もあるけれど、みんな一人一人は卵なのかもしれない。そんなふうにも思うのです。

長くまとまらない文章ですが、今日はこの辺で、壁と卵について考えながら寝ようと思います。


チャオ。

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