足を踏み出すリズムにあわせて、頬の産毛が春風をつかまえる。 東京都某駅近くの繁華街を速足で進む。奥へ行くにつれ、徐々に人通りは少なくなってきた。 目的の雑居ビルの前で立ち止まった。覗き込んだ入口は、陽光の中でも薄暗く、ひんやりとしていた。 洞窟のようなエレベーターホールに入り、十階のボタンを押す。箱は四階で止まっていた。僕の元にたどり着くまでしばし待つ。この周辺は有名な店が特にないため、みんな昼寝でもしているかのように静かで、聞こえるのは鳥の鳴き声くらいであった。
おひさしぶりですね。 なにがあったというわけでもないですが、noteを書いていませんでした。 なにがあったというわけでもないですが、この記事を書いています。 最近なにをしていたのかというと、生きていたとしか言いようがないですね。ただ生きていた。 生きれば生きるほど、世界が遠ざかっていくような感覚が私の中にあるのですが、みなさまの中にも同じように感じたことがある方はいるでしょうか。音楽を聴いてもなにをしても心に響かなくなっていくような感じです。 これは別に病気でもなんで
神奈川の外れ、安アパートの二階にある部屋の窓からは柿の木が見えた。 なんでもこのあたりは柿の生産がさかんらしく、街中のいたるところにその木が生えている。僕が住んでいるアパートの隣には畑がある。その畑は、だいたい小さな公園ほどの広さがあり、畑のすみには二本、柿の木が生えている。それが窓から見えるのだった。 しっかりとひろがった枝には柿が大量になっている。その実の数は、葉の枚数よりも多いのではないかと思うほどであった。よく枝がおれないものだと感心する。 柿の実は赤色が
九月二十七日。昼には二十五度まで気温が上がった。東京はまだ夏である。 オフィスでは空調が寒いくらいだったが、十七時に仕事が終わって外へ出ると、まだほんのり暑く感じた。 長袖のシャツを腕まくりしながら、駅への道を歩く。金曜の夜だからか、道行く人々の足取りは軽かった。駅前広場の中央にはよくわからないオブジェが鎮座しており、そこで待ち合わせでもしているのか、たくさんの人がたむろしていた。広場の隅には交番がある。交番の前では一人の警官がおもしろくなさそうな表情で広場を見渡して
庭の片隅にある焼却炉で、祖父が落ち葉を燃やしている。その後ろ姿を、ケイはぼんやりとながめていた。焼却炉から赤い火があふれ出しそうになるたび、それが祖父を焼いてしまわないか不安だった。 「おじいちゃん熱くないの?」 「ん? あぁ、大丈夫大丈夫。ケイくんは近寄ったらいかんよ」 「うん」 白煙は何かに焦っているかのような勢いで空にのぼっていく。十一月の澄みきった空の中でくっきりとした輪郭を保ち続ける煙は、隣街からでも見えそうだ、とケイは考えていた。 秋から冬にうつりゆく
あたらしく小説を書きました。 https://ncode.syosetu.com/n8628ii/ 季節外れな内容ですが、冷房のよくきいた部屋で秋や冬を思いながら読んでいただければ幸甚です。
暑いですね。 あまり外を歩きたくありませんが、買い物には行かないといけませんし、今日、私は外出しました。 案の定、倒れそうなくらいに暑くて、「太陽この野郎」と思いながら、空を見上げました。 青い。 雲一つなく、ただ青かったです。 その青の潔さ、空の遠さに、私の心にひしめいていた重たい雲はすっかり負けてしまいました。ひさしぶりの晴れ間がひろがりました。 気のせいだったかもしれません。またすぐに雲がおしよせて、いつもの景色しか見えなくなるのかもしれません。が、その瞬間は
ひさしぶりに小説を書く。今日から書く。今すぐ書く、のは無理だから、エンジンを温めるために、今、このnoteを書いている。 ひさしぶりだし、長いの(私にとって長いのとはニ、三万文字くらい)はやめておこう。書こうと思えば書けるけど、それはもう少ししてからにしよう。 二、三千文字程度の掌編というか、noteやTwitterの延長線上にありそうな駄文を書きなぐって悦に入ろう。 話は変わるけど、ついでに最近読んだ本を書いておく。 どれもよかった。三体は一冊目だけ読んだ
むかしむかし、あるところに、オ・ジィ・サンとオ・バァ・サンが住んでいました。 彼ら”オ”族は、人里離れた山奥に、たった五十人ほどで小さな村をつくっていました。”オ”族は、全員、剣を極めるためだけに存在するといわれる修羅の一族でした。 現在、一族の中でも聖(サン)の名を冠する者、すなわち剣聖は、ジィとバァの二人だけです。 ある日、オ・ジィ・サンは山へ”死馬狩り”(しばかり)に、オ・バァ・サンは川へ”千断苦”(せんたく)に行きました。 「……998……999……1
石橋を叩いて渡るタイプの人間がいる。 私もかなり叩くほうだ。叩きに叩き、いつしか橋にひびが入り、ついには崩壊する。そこまでして、ヨシ! と満足するタイプの人間だ。 何もヨシではない。 そうやって渡れなくなった橋が何本あるのだろう。たどり着けなかった目的地がいくつあるのだろう。 カンカン……カンカンカン……カンカンカンカン……。 まさに今も、私の脳内では石橋を叩く音が鳴り響いている。
洞窟は十メートルほどで行き止まりになっていた。最奥には、触れただけでくずれそうな木箱があった。 箱の中には黄ばんだメモ用紙が一枚入っている。 紙には、「言うな」とだけ書かれていた。
雨が降っている。桜はかなり散っただろう。 雨粒が花びらを直撃して散るのだろうか。雨粒一つで散るのか、何度かの直撃を耐えて、やっと散るのか。散るさまを観察してみたい。 話は変わるが、以前、小説家になろうに掲載した小説をカクヨムにもアップロードした。なろうは好きじゃないけどカクヨムなら読むか……という人は是非読んでほしい(そんな人いる?)。
『黒い穴、青い朝』というタイトルです。 https://ncode.syosetu.com/n0948id/ (リンクを貼ってもタイトルやあらすじが見えないかもしれないので、キャプチャを貼っておきます↓) ぜひ、読んでください。鬱々とした話ですが……。 今日から毎日投稿して、来週の21日に完結予定です。 一日に複数話投稿することもあるのでご注意ください。
紙を42回折りたたむと、月に届くらしい。 やってみればわかるが、だいたい8回も折れば限界がくると思う。もうこれ以上折れないという状態になる。 まぁそれは凡人の話である。 私は毎日筋トレをしているので、42回折りたたむくらいなら余裕だった。 最終的に宇宙エレベーターのようになった紙を月に立て掛けて、それを登っていたのだけれど、残念ながら宇宙空間では息をすることができないので、登るのは途中であきらめた。 またこれを降りるのか……と面倒になったので飛び降りたとこ
数年前の話である。 駅に向かう私の前を歩く女性がいた。彼女はベビーカーを押しながらゆっくりと歩いている。 私も特に急ぐわけでもなく、彼女を抜かすために歩く速度をあげるのも面倒なので、だらだらと後をついていった。 季節は春だったように思う。雨上がりの澄んだ空気と、ぬるい風が気持ちよかったことを覚えている。 濡れて黒々と光る地面も美しい。アスファルトに押し花でもされたかのようにはりついている葉を目で追っていると、リズムやメロディが脳内に聴こえてきそうだった。
雪はゆっくりと舞い落ちるものだと思っていたけれど、やけに速かった。 なぜだろうと思い、勢いよく落ちる雪を凝視していると、ひとつぶひとつぶが大きいことに気づいた。一センチほどもありそうだった。 その大きな粒にたっぷりと水を含んでいるせいで重たく、落ちていくあいだに速さを増したのだろう。 窓の外に見える景色がすべて白い線で塗りつぶされており、騒がしい。 情緒もなにもない。 引き続き目をこらして見つめていると、白い線はだんだんと速度を落とし、点となり、それらは、ひと