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灰になる

 庭の片隅にある焼却炉で、祖父が落ち葉を燃やしている。その後ろ姿を、ケイはぼんやりとながめていた。焼却炉から赤い火があふれ出しそうになるたび、それが祖父を焼いてしまわないか不安だった。

「おじいちゃん熱くないの?」
「ん? あぁ、大丈夫大丈夫。ケイくんは近寄ったらいかんよ」
「うん」

 白煙は何かに焦っているかのような勢いで空にのぼっていく。十一月の澄みきった空の中でくっきりとした輪郭を保ち続ける煙は、隣街からでも見えそうだ、とケイは考えていた。

 秋から冬にうつりゆく中で、枯葉の落ちる量は日に日に増えている。
 ケイの住む家は、まわりを山や田んぼに囲まれた一軒家で、庭は広かった。祖父の趣味により、庭には様々な木や花が植えられている。柿や栗の木もあり、まさに今の時期は、枝がしなるほどたくさんの実がなっている。その他、ケイには名前がわからない木もたくさんあったが、どの木も毎日枯葉を落とすのであった。

 竹製の大きな熊手で庭中の葉をかき集めて、夕方に焼く。それが祖父の日課だった。
 ケイのかよっている小学校にも焼却炉がある。四年生からは、持ち回りの当番でゴミを焼却炉まで持っていくことになっている。焼却炉は校庭の隅にあるので教室から遠く、みんな嫌がるが、ケイはそこにたどり着くまで一人でとぼとぼと歩いている時間が好きだった。

 ケイの家にある焼却炉は、祖父がコンクリートブロックや鉄板で手作りしたものなので、学校にあるものとは比較にもならないほど貧相だった。学校の焼却炉は、黒く異様に重たい鉄の扉を持ち、その中は小学四年生のケイくらいであれば入れそうなほど広かった。

 まだ祖父は作業を続けるようだったが、ケイは飽きてしまい、家の中に戻ることにした。 
二階にある自室に入った途端に、自分の体についた煙の臭いが気になり始めた。夕飯の前に風呂に入ることにした。

 ケイが風呂をあがり、ダイニングへ行くと、既に両親と祖父は席についていた。部屋には魚の匂いがただよっている。

「はやく座って」と母がうながした。
「今日も魚?」とケイは聞きながら座った。
「そう、焼き魚。サンマ」

 祖父の好物であるため、魚が食卓に並ぶことが多い。ケイも魚は嫌いではないが、どちらかというと牛や豚や鳥肉のほうが好きなので、少しげんなりしている。

 数年前に亡くなった祖母は、祖父と違って肉が好きだったらしい。
 ケイも祖母の葬式には出たが、幼すぎて葬式や祖母のことはあまり覚えていない。今でも父がたびたび「おばあちゃんは肉が大好きだったからよくおじいちゃんと喧嘩してたんだよ」と言うので、食の好みだけはよく知っている。

 それ以外は何も知らない。思い出そうとしても、遺影の顔写真がぼんやりと頭の中に浮かんでくるだけだった。どういう人だったのかはよくわからないが、確実にこの家にいたのは覚えている。この家から人が一人いなくなってしまったのだという事実は、ケイの中で重石のように存在している。そのことを考えるたびに、底のない穴を見つめるような恐ろしさが胸のあたりに発生するので、あまり思い出さないようにしていた。

 死とは、二度と会えない場所へたった一人連れさられてしまうこと、と彼は理解していた。
 怒ったりふざけたりしているときに「死ね!」と口に出すクラスメイトがよくいるが、実際に死んだ後のことについて彼らがどう考えているのかは不明だった。本当に死んでしまった人の話や、葬式の話は友達としたことがない。授業でもまだ習っていないことだった。

 日によって時間はまちまちではあるが、ほぼ毎日祖父は庭で何かしら作業をしている。冷たい雨の日も、祖父はカッパを着て庭に出る。

 数日の間、秋の雨が降り続いた。その後、久しぶりにからりと晴れた。庭仕事をするには絶好の日だったが、祖父は庭に出なかった。前日までは雨でも庭に出ていたのに変だなとケイは思った。

 その日の夜、母から、「おじいちゃん、風邪ひいたみたいだから。うるさくしちゃだめよ」と言われた。
 そういえば祖父が風邪をひくのは珍しいな、とケイは思った。ひんぱんに風邪をひくケイとは違い、祖父はいつも健康だった。足腰もしっかりしているし、庭仕事によって鍛えられた腕は筋肉質だった。一度、庭にある大きな岩を祖父が一人で運んでいるのを見たことがある。ケイ自身よりも重そうな岩だった。祖父が見ていないときにその岩をケイも持ち上げようとしてみたが、岩は地面にはりついているかのように、動く気配すら見せなかった。それ以降、ケイは少し祖父に対して尊敬と畏れを抱いている。

 祖父が風邪をひいた日から、一階にある祖父の部屋のドアはずっと閉まったままだった。ケイの寝室は二階にあるが、時折、夜中に一階から祖父の咳が聞こえることがある。ケイはその音が無性に怖かった。ぐっすりと眠っているはずのケイも、なぜか夜中にぱちりと目を覚ますことがある。そういう時はたいてい遠くから祖父の咳の音が聞こえるのだった。その音が聞こえると、ケイは布団に深くもぐりこみ、耳をふさぐのであった。

 両親は共働きで、平日の昼間は家にいない。ケイ一人で掃除するのも大変だということで、土日に父とケイの二人で一緒に掃除をすることになった。庭はひたすらに広く、掃いたそばから枯葉が舞い降りてくる。日差しは暖かいものの、風はすでに冬の冷たさを含んでいた。父もケイも庭仕事に慣れていないため手探りで作業を続けた。

 祖父が風邪をひいてから二週間がたとうとしていた。いまだに治る気配がないため、入院することになった。
 病状について、ケイは詳しく教えてもらえなかった。病院から帰って来た両親は彼らの部屋で長い時間話をしていた。ケイは自分の部屋で一人、ドアの向こうから聞こえてくる両親の声を聞くともなしに聞いていた。内容までは判別がつかないが、いつもとは異なる低い声音だというのを感じていた。祖父が風邪をひいて以来、家の中のリズムがおかしくなってしまったようだった。

 休日に、祖父の見舞いに行くことになった。ケイは当日の朝にその話を聞き、嬉しく思った。が、祖父と何を話そうか考えているうちに、ケイは祖父に会うのが無性に怖くなってきた。これほど会話せずに離れることも初めてだったし、これほど長い期間病にふせっている祖父がどういう状態になっているのか想像もつかなかった。もう少し待てば祖父の方から家に帰ってくるのではないか? わざわざ今日会いに行かなくてもいいのではないか、などと考えていた。どうしても今日は行きたくないという考えに支配され始めたケイは、仮病を使うことにした。

「しんどいから行かなくていい? たぶん風邪ひいた」
 と母に伝えたところ、熱をはかるように言われた。体温計を脇にさして一分待つ間、嘘をつかなければよかったと後悔した。が、ピピピッと音が鳴り体温計を見てみると、どういうわけか本当に三十七度の熱が出ていた。

「しんどくなったら電話かけなさい。ちゃんと寝ておきなさいよ」
「うん。お昼ご飯は?」
「それまでには帰ってくるから。うどん買ってくるね」

 結局、ケイは留守番となり、父と母だけで見舞いに行った。
 ケイは母に言われたとおり布団に入っていたが、そもそも体調が悪いわけでもないため眠れなかった。ケイはしばしば本当に風邪をひくが、そういう時はたとえ真昼であっても布団に入りさえすればすぐに眠れる。しかし今日は眠れなかった。昼の明るさがこれほどまで睡眠の邪魔になるということを生まれて初めて知った。いつもは気づきもしない時計の秒針が鳴らすコチコチという音も今はやけに耳につく。ケイはなにかざらざらとした気持ち悪い感覚が胸の奥にたゆたっているのを感じ取った。多分、自分は今、悪いことをしているのだ、という考えがそれをもたらしていると理解した。

 時計を見ると、ベッドに入って三十分経っていた。眠るために必要な時間として考えると三十分は長すぎた。眠れない眠れないと悩みながらごろごろしていた体感時間としては短すぎた。

 眠れないまま横になっていると、いろいろな考えが頭をよぎっていった。池に浮かんだアメンボを見ている時の光景をケイは思い出した。凪いでいる池で、雨でもないのにあちこちに波紋が発生する。こちらかと思えばあちら。あちらかと思えばまたこちらへ。人間の視線をもてあそぶあの波紋と同じように、今ケイの頭の中ではいろいろと取るに足らない考え事が浮かんでは消えていた。ぼんやりとしているような気もするし、逆にいつもより頭がさえているような気もした。

 雑多な考えはまとまることがなく、一つ前に考えていたことはすぐさま忘れさってしまう。そんな中でも、何度か同じことについて考えをめぐらせていた。祖父についてだった。

 結局寝るのをあきらめたケイはベッドの上に座って、レースカーテンの向こうで停止している静かな昼間の白い空をぼうっとながめていた。それから両親が帰ってくるまでの間、ずっと祖父のことを考えていた。容体が気になりすぎて、やはり自分も見舞いに行けばよかったと何度も後悔した。

 そもそも祖父はただ風邪をひいただけなのに、なぜここまで自分の胸が騒がしくなるのか、ケイは理解ができなかった。その理解のできなさがさらに不安をさそった。その不安に追い立てられるようにして、心臓の音はどんどん大きくなり、鼓動は速くなる。心臓があまりに揺れるせいか、気分が悪くなってきた。ケイは自室を飛び出し、冷蔵庫に入っていた冷たい麦茶をコップにくみ、一気に飲み干した。麦茶が喉と食道と胃を冷やしていく感触によって、少し気分が落ち着いてきた。それからまたもう一杯の麦茶を飲んだ後、部屋に戻った。

 ベッドの上で座っているとようやく眠気がやってきた。座ったまま目を閉じてうつらうつらしていたケイは車のエンジン音で目が覚めた。両親が帰ってきた。
 昼食中に母が言った。

「来週はちゃんとお見舞いに行こうね」
「うん。おじいちゃん大丈夫だった?」
「うーん。しんどそうで、あんまりお話できなかったけど、大丈夫だったよ」
 ケイと母が会話している間、父は何も言わず、笑いもせず、黙々とうどんをすすっていた。

 月曜は授業に身が入らなかった。祖父にかける言葉を選んでいた。次の日にはどうにか通常の心持に戻り、金曜をむかえるころには病院に行くのを楽しみにさえ思った。

 そして土曜日、祖父の病室へ入ったケイは声を失った。
 一人部屋の奥でベッドに眠る祖父は人工呼吸器につながれており、生きているのかどうかさえケイには判断がつかなかった。

「おじいちゃんね、肺炎っていう病気になったの。当分目を覚まさないから、お話はできないのよ」
 母がそう口にした。その声はやけに大きく部屋に響いた。眠っている人を起こさないようにする配慮はなく、祖父は本当に目が覚めないような何かひどい病気なのだろうということがケイにもわかった。
「おじいちゃんに話しかけてみろ。おーい、って呼んだら起きるかもしれんぞ」と父が言った。父は少し笑っているように見えたが、頬がふにゃふにゃと脱力していた。声も疲れ果てているように聞こえた。
 ケイは「おーい」と口に出そうとしたが、一度目は喉につばが引っかかってうまく声が出なかった。
「おーい……ケイだけど。聞こえる?」

 祖父の落ちくぼんだ目はぴくりともしなかった。庭仕事で日焼けしていたはずの肌は青白く、トカゲのようになめらかで妙に透き通っていた。
 数秒、無音が続いた。ベッドの横に設置されたモニタリングディスプレイに流れる細かい波形以外、この部屋で動いているものは何もなかった。
 家に向かう車の中で、両親からいろいろと声をかけられたが、何を話したのかは覚えていない。いままで家族の誰も大病を患ったことがなかったため、ケイは病気にどう向き合えばいいのかわからず混乱していた。
 次の週の木曜日、夜十時ごろに家の電話が鳴った。ケイはすでに寝入っていたが、その音で目が覚めた。母が電話に出ているようだったが、ケイはまたすぐに眠ってしまった。

 朝になって、母から、
「おじいちゃん死んじゃったから。今日、学校お休みしてもらうことになるから」
 と告げられた。
「そうなの……お葬式をするってこと?」
「そう。あ、でも今日はお葬式じゃないよ。明日がお通夜で、明後日がお葬式だから、三日間くらいお休みになるね。大丈夫?」

 大丈夫とも大丈夫じゃないとも言えないまま、一つうなずいて、ケイはもそもそと朝ごはんを食べ始めた。食べ終えて、「ごちそうさまでした」と言った後に、ケイは自分がいままで朝ごはんを食べていたということに気づいた。何を食べたのか、どういう味がしたのかは思い出せなかった。
 学校の制服を着て、車に乗った。車はケイの知らない道を進んでいった。そのうち、大きな川に突き当たった。川にかかる橋は渋滞しており、渡るまでに十分ほどかかった。その後、永遠に続くかのような長い川に沿って車はずっと走り続けた。

 いつのまにか眠っていたケイが起きた時には、知らない建物に到着していた。白く大きな建物だった。
 祖父の死に顔を見て、線香をあげて、大きな部屋でお茶を飲んだり、テレビを見たりしているうちに親戚がぞろぞろと集まって来た。その晩は、その建物に泊まることになった。
 わけもわからないまま進んでいく通夜や葬式を、ケイはながめていた。ケイはひたすら大人たちの真似をして、作法を間違えないように必死だった。悲しいという気持ちはなく、学校のテストでも受けているかのような緊張感だけが彼の中に存在していた。

 その後、みんなでバスに乗り込み、山の中にある建物に移動した。火葬場とのことだった。待ち時間の間、茶菓子を食べながら親戚たちが思い思い喋るのをぼんやりと聞いていた。

「〇〇さんは今どこに住んでいらっしゃるの?」「お仕事は何を?」「〇〇くんは結婚しないの?」「おじいちゃんあんな元気だったのにねぇ」「びっくり」

 時間がきて、みんなで建物内を移動した。
 大きな鉄の扉が並ぶ場所へ通された。

「おじいちゃんの骨を拾うからね。わかる? できる?」と母が言った。
 無言でいると、父が「ケイ、大丈夫か? だめか?」と聞いた。

 いつのまにか、ケイは泣いていた。
 黒いスーツを着た知らない女性に手をつながれたケイは、大人たちが鉄の扉の向こうで何かしているのを遠目に見ていた。あの扉の向こうには入ってはいけない気がして、ひたすらに恐怖した。
 その後はさんざんだった。家に帰る途中、車の中で気分が悪くなり、急いで車をとめてもらった末、道端の溝にむかって胃の中のものを吐いた。

 吐くものがなくなった後、また車に乗り、なんとか家までたどり着いたが、その頃にはのぼせるように体が熱かった。いつのまにか四十度近い熱が出ていた。着替えるだけ着替えて、そのまま倒れるようにして寝床についた。

 目が覚めると夜中で、部屋は真っ暗だった。祖父の姿が暗闇の中に見えやしないか不安になってあまり目を開けられなかった。吐き気は収まっていたが、またいつ唐突に吐くだろうかと怖かった。そのまま一時間ほど眠れなかったため、ケイは寝るのをあきらめて、部屋の電気をつけた。ベッドの横には、吐いたときのためにゴミ袋が用意されていた。
 ベッドの上で座ったまま朝をむかえた。日が昇るとようやくケイは安心し、部屋の電気を消して眠った。

 葬式以来、ケイは胸に重みを感じていた。両手でなければ持てないほど重い石を、胸に埋め込まれているかのようだった。肺が潰れてしまうのではないかと、祖父の肺炎がうつったのではないかと不安になった。

 祖父は眠り、鉄の扉の向こうへ行った。
 人を燃やすとはどういうことだろうか? 骨を拾うとはどういうことだろうか?
 ケイの思考は鉄の扉に妨げられ、前に進まなかった。

 十二月最初の週、学校の当番で焼却炉までゴミを持っていく日。朝からあいにくの雨だった。雨の日はゴミを持っていかなくていい決まりになっており、ケイはひそかに喜んだ。最近はこの作業にあまり気が乗らなかったのだ。しかし、放課後、掃除の時間になると急に雨があがってしまった。
 ぬかるんだグラウンドを横切って焼却炉にたどり着くと、用務員の男性が作業をしていた。

「おう、ありがとう。ゴミはそこに置いておいてくれ」
「はい」

 ゴミを手放した後も、ケイはしばしその場に残り、焼却炉を見ていた。煙突からは煙が出ている。空には煙がそのまま変化したかのような雲がたちこめていた。
 錆びきって赤茶色になった焼却炉の扉は重そうに閉まっている。
 そういえば扉の中を見たことがない。どうなっているのだろうか、と考えながら扉に手を伸ばした。

「おい! 触るな! 危ないから扉を開けるなって先生に言われなかったか? 俺がいない時でも絶対に触るなよ」

 用務員の声でびくりと体をふるわせたケイは、小声で「ごめんなさい」とつぶやき、足早に立ち去った。

 土曜の昼すぎ、ケイは一人、庭で落ち葉をかき集めていた。両親ともに用事があり家にいない。一人で掃除するには広すぎる庭だった。
 椿が咲き始めていた。道路に面する位置に植えてあるため、近所の人達が家の前で立ち止まって見ていくこともあった。この椿も来年はどうなるかわからない。手入れできるのは祖父しかいなかった。手入れしなくても咲くのだろうか。

 掃除をしている内に裏庭までたどり着いた。裏庭に柿と栗の木がある。柿は熟れすぎて真っ赤になり、そのままいくつか地面に落ちていた。これも祖父がいた頃は、ちょうどいい時期に実を取っていた。ケイはしゃがみこんで、その場に落ちていた木の枝を拾い、それで柿にさわった。ずぶずぶと赤い実に枝が沈み込んだ。一メートルほど離れた場所にもう一つ落ちている柿を見てみると、そちらには蟻が数匹たかっていた。どう処理すればいいのかケイにはさっぱりわからず途方にくれた。

 柿の処理を諦めて後ろを振り向くと、軒下に見慣れない物が落ちているのを見つけた。腐った柿か栗かと思いながら近づくと、鳥の雛の死体だった。

 まだ生まれて間もないのか、その体はぬるぬるとした粘膜に覆われていた。屋根に沿った雨どいあたりに時々鳥が巣をつくっていることがあった。おそらくそこから落ちたのだろうとケイは判断した。ニ、三歩下がって屋根のあたりを見たが巣らしきものは見当たらなかったし、親鳥もいなかった。

 死体は土の上ではなく、軒下のコンクリート部分に乗っており、そのままではずっとその場所に残ってしまうだろう。土にでも埋めればいいのだろうか、と考え始めた時に、ふと祖父の葬式が頭によぎった。

 この鳥も火葬してあげればよい。むしろ火葬以外にありえない。ケイはそう考えた。
 死体はコンクリートに少し張り付いていたため、スコップで丁寧に引きはがした。スコップにのせた死体を一分ほど観察した。その後、落ち葉を集めていた袋の中に死体も一緒に入れた。

 その後、ケイはまた作業に戻り、一時間ほど落ち葉を集め続けた。拾っても拾っても落ち葉は庭のどこかで落ち続ける。落ち葉が風にふかれて転がる音を聞きながらケイは作業を続けた。

 この家の焼却炉にも一応扉がある。コンクリートブロックで囲いが作られており、その入口を塞ぐようにして薄い鉄板が立て掛けられている。それが扉といえば扉だった。ケイから見ても、それに意味があるようには思えなかった。
 その薄い扉をあけると、もわっとすえた灰の臭いがした。中には、前日に焼いた落ち葉の残りかすがまばらに散らばっていた。ケイは、この日集めた落ち葉を扉の中に入れ、そこに埋めるようにして雛の死体も入れた。

 夕方、帰宅した父が庭に出て焼却炉に火を入れる姿を、ケイは二階の窓から見つめていた。何かしらに対して祈るような心持ちであった。

 次の日、朝早く一人で庭に出て焼却炉へ向かった。炉の前でしゃがみこみ、扉代わりの鉄板を横にずらした。火ばさみで中身を掻き出すと、白と黒の入りまじった灰がなだれ出てきた。
 葉や木の枝と見分けがつきにくかったものの、その中でもあからさまに白く、美しい形をした骨を何本か見つけた。これが昨日の雛だろう、とケイは納得した。骨以外の羽や肉などは、どこをさがしても見つけることができなかった。粉々になっているこの灰にまじっているのだろう。

 燃やして灰になれば、羽や肉は葉っぱとかわらず、骨は木の枝とかわらない。祖父もそうなったのだろう。あの日、あの鉄の扉の向こうで、ただの灰になったのだ。そして自分もいつか灰になる。

「ただの灰になる」

 確認するようにそう呟きながらケイは立ち上がった。立ち上がる動きの中で、胸のあたりが軽くなっていることに気づいた。ケイの体内に存在していた重石のような何かが消えていた。

「灰になる」

 またケイは呟く。死んでも別の場所に行くわけではない。ただ消えてなくなるわけでもない。ふわふわとした灰になるだけなのだ。それは優しい答えだった。

 焼却炉の口からは、灰のような湯気のようなものがゆるやかに流れ出し、十二月の朝の透徹した冷気の中にたちのぼっていった。


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