何だか聴いたことがあるようで新しいもの、としてのアルチュセール的理解(Easy Life『Junk Food』レビュー)

メロウなキーボードのメロディに打ち込みやサンプリングされたパーカッション、そこにギターやベース、ドラムといったオーセンティックなバンド構成を合わせつつ、サックスやトラペットなどの管楽器が時折姿を見せ、レイドバックした調子のラップが展開される・・

果たしてこれはファンクなのか、ヒップホップなのか、ソウルやジャズの参照点もありそうだが、BBCのSound of 2020にて「 hard to pin down but easy to love(説明するのは難しいが、とても親しみやすい)」と表現されるEasy Lifeの音楽は、確かに一見すると(ジャンル的な分節化をしづらいという意味で)よくわからない。

Easy Lifeは、フロントマンのMurray Matraversを中心に2017年に結成された、UKはレスターの5人組バンドである。ほとんど学校の知り合いであったり、そのバンドメイトであったり・・近所に住んでいてよく知っている仲のメンバーで構成されたという彼らの音楽は、何だかよくわからないが面白い、という不思議な魅力がある。

(なお詳細についてはここでの言及は避けるが、各メンバーの楽器のスライドが非常にスムーズで面白いため、ライブ映像も是非ご覧いただきたい。)

さて、本作『Junk Food』に収録された楽曲の先行で発表されていた3曲・・踊るようなベースラインとクラップを交えたビートが心地よいファンク調の「Nice Guys」、Arlo Parksとの共演が話題になった「Sangria」は、依存や愛情、パラドキシカルで辛辣なテーマにしつつも、スロウに展開するビートに合わさる甘いメロディが美しいし、アイザック・ヘイズ「Breakthrough」のドラムをメランコリックなキーボードが包む「Earth」・・については言わずもがなだとして、

残響するフロウティングなキーボードのメロディが美しい「Dead Celebrities」は、「Nightmare」に似たメロディ展開ながらよりメロウでレイドバックしていて、どことなくMGMTの「Time To Pretend」を彷彿とさせるような皮肉の効いた歌詞が素晴らしいし(シリアスなテーマをサイケデリックに躱すMGMTと違い、死や破滅、破壊的行動がしばしばモチーフになるEasy Lifeの歌詞は辛辣でオブセッシブだが。)、

シンプルな曲構成の「Spiders」は、『Spaceships』収録「Jealousy」のように歌詞にぐっとフォーカスさせ歌で聴かせてくる楽曲としての彼らの一つの回答だろうし、 「LS6」の生歌のコーラスとピッチ変更による無機質なコーラスのコントラストや、目紛しく展開するサウンドスケープも面白い・・本作に収録されている曲は、どれも素晴らしい、と言わざるを得ない。

冒頭で筆者は彼らの音楽性について「分節化しづらい」と述べたが、実際にEasy Lifeは様々なメディアに取り上げられているものの、彼らの音楽については横断的ジャンルとか、「〜にも、〜にも聴こえる」など、ジャンル的な断定は避けられたものをよく目にする。

確かに、「Nightmare」に見られるDionne Warwickの「Loneliness Remembers What Happiness Forgets」をサンプリングする所作や、『Junk Food』全体を通してピッチを上げられた無機質なコーラスが入る辺りはカニエ・ウェストを思い出すように彼らのアプローチはヒップホップ的ではあるものの、

アンサンブルの感じはファンクのようにも聴こえるし、「Pockets」などはどこかスムーズ・ジャズがヒップホップとインディー・シンセポップに邂逅したような印象を受ける・・なるほど、ジャンルが複雑に絡み合っているような雰囲気がある。

例えば、筆者は初めてEasy Lifeの音楽を聴いた際はJamie Tのことを思い出したが、両者を比較すると、当時のガレージロック・リバイバル的なバンドサウンドをヒップホップに融解させたJamie TとEasy Lifeでは、明らかにアプローチの位相が異なるだろう。もう少し含みのあるバックグラウンドを、Easy Lifeからは感じる。

これについてフロントマンのMurrayは、「個人的にはアメリカのヒップホップをたくさん聴いているけど、他のメンバーは、レゲエ、ディスコ、ファンクが好きだったりするし、テクノも好きだし」と前置きをした上で、「それぞれ異なるバックグラウンドの5人を、境界(boundary)を持たせず融合させている」とインタヴューにて述べていた。

こうした経緯を鑑みると、彼らの音楽をして、「何からしさ」は確かにあるものの、何か特定の音楽的ジャンルを当てはめることに何か違和感を覚えるのも、そのためかもしれない。

「本当にたくさんの人が、「ポップミュージック」っていう括弧に入った音楽を作ろうとしているでしょ」・・インタヴューで「ポップソング」について語るMurrayを見ると、彼のクレヴァーさもさることながら、かなり意図的にポップソングを作ろうとする気概が見て取れる。

アルチュセール曰く、既存のイデオロギーを引用する革命家による革命は失敗する運命にあり、また、自ら新しい慣習を作り出そうとする革命家も同様に、上手くいかない運命にあるという。スターリン、ロベスピエールがこれに当たる。

つまり、本来的な意味での革命の成功は、レーニンや毛沢東のように、既存のイデオロギーを巻き込み、踏襲しつつ、新しい格言を作る指導者により遂行される・・スラヴォイ・ジジェクの提言する「新しいクリシェ」を敷衍すると、「ポップソングに革命を起こす存在」なんていうものは非常に陳腐に聴こえるかもしれない。

でも、クリシェはその中に多くの文化的慣習、コンテクストを含むからして、断定はできないが何だか聴いたことがあるようで新しいもの、「ポップ」という大文字の言葉に対する一つの回答、それそのものがEasy Life、と言えるかもしれない。

Murreyはこうも言っていたー「(ラジオなどでかかっている音楽が)どうして人気なのか、考えると面白くない?現代的な曲作りのプロセスさえあれば、何でも音楽を作れる時代なんだ」

何だかよくわからないが魅力的・・要するに後のメディアによって何らかのマイクロジャンル的に名称が与えられるかもしれないが、この、「 hard to pin down but easy to love(説明するのは難しいが、とても親しみやすい)」というBBCが称した感覚こそが、彼らの面白さなのではないかと筆者は思う。

彼らをNMEが「The slinky, sultry newcomers」と称していたのもうなづける。なるほど、魅力的だ。


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