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『ロックイン女子:閉じ込められたわたし』恋愛短編前半(2万字土曜劇場①前半は7000字です



■ナルシスティックな鏡


わたしの前で繰り広げられる一連の所作は、
ときに愉快で願わくばお腹を抱えて笑いたいものがあるし、
ときに共感の末、
喉元がいたくなって涙が出る、そういうものもあります。
 いくつか紹介しましょう。
まずは明るく笑えるものから。何ってやっぱり人間笑いが大切よね。たとえ、どんな状況に至ってユーモアでのりきれるのが人間なのよ。ユーモアをとってしまったら、真面目な人間は鬱になって石像よろしく動けなくなるし、ユーモアに欠けた人間は怒り散らして憂さを晴らす。
だから、まずは笑いましょう。

 一つ目の笑えるもの。『ナルシスト鏡』。
これは見ていて愉快、爽快、万歳滑稽、微笑ましくまた妙でもありおかしな人間の一場面。
 知ってた?ナルシストには2タイプあるのよ。これは心理学者がたまたまやってきたときに話していたことで、わたしは耳をたてて聞き入った。
曰く、
「ひとつ目は適度な自信と独創性をもたらす良性ナルシスト。
ナルシスト的な行動はそこそこ健全に機能する。
面接や舞台前の『僕は、わたしはできるやつ。すばらしい。人を感動させる。人を良き方向に感化する』『プレゼン、練習の成果をここで出せる。むしろこれは練習、練習。よくやってきている。だからできる。』とまぁ、まじないにも似たような自己洗脳も一種のナルシスティック手法の善活用だよ。
 僕はカウンセラーとしても働いているけどね、常々日々数分でも鏡前で、ナルシスティックな言葉がけをすることを進めているよ。相談に来るような人はまぁ自信がかけた人が多いからね。そうすればTHE自己受容感が高まるし、結果一日の充実度があがるってわけだよ。
 他には多数の人と違う道をいくようなとき、ナルシスト的なまでの強い自己肯定の力を利用する人もいる。『俺は、わたしは特別だからできる』と。特別感に近い。
 わたしなんかは怖がりで打診に打診を重ねて石橋どころかそこいらのマンホールですらたたいてわたるような人ですけどね。成功へのメンタルっていうのはひとそれぞれです。」
わたしはマンホールは踏まないな。ときにアートがあるからそれを鑑賞することはある。それに、特別感は辛い状況にいるときも力をくれることもあるし幸せ度もます。「君は特別だから」って言われたいでしょう?

 で、なんで”THE”自己受容と"THE"が付くのか。心理学系業界人の言うところの共通認識ってところなのだろう。
 それにさ、多数の人と違う道を行くときにはナルシストになる必要があるのかどうかって精神論よりも経済面の安定が大切じゃん、なんて思ったわたしはどちらかというとリアリストかしらね。心理学者は続けたわ。

「第2のナルシスト。
自分を愛せないことから出発しているもの。」
誰だって自分を完璧に愛せやしないんじゃないかしら。わたしは自分の運命を呪ったこともあった。今ではもう諦念まじりで悟ったようになっているけれど。
「愛の欠如型ナルシストは、窓や鏡に映る自分を見ている時、脳内の”悲しみ”のパーツが活性化することが知られているんだよ。
 愛されるべき人に愛されなかったのか、
見たくれにおいてトラウマチックな経験があったのか・・・。」
え、女子はならばほぼほぼナルシストじゃないの、って思ったわ。これにはちょっと賛成しかねた。身だしなみチェックに悲しみが漂う?まさか!己鏡ってことろかしらね。そんなとき脳内検査で実証されたっていうからそれには驚いた。無口なわたしはインナートークをするだけだから、心理学者は淡々と続けた。

「さらに第2のナルシストは、他者をコントロールしようとしたり、人間の付き合いを自分を賞賛するか否かで非常に冷酷に振り分ける。それから自分は何をしても許される特別な人間だと心底思っていることもあり、特別扱いをしない人を攻撃するし、他人を軽蔑したり阻害したり酷評することで自己を保って生きている。ときに人を拘束したりストーカーしたり問題になることもある。それで・・・・」
 そこからはわたしは寝てしまって意識不明状態だったから講釈の結末は知らない。
                ※
目が覚めたときにはもう誰もいなかった。それから何日後かして、お見舞いに誰かががやってきた。わたしは誰だか判別できずにいた。彼女はわたしよりも鏡ばかりみていた。
「わたしの方がずっときれい。なのになんで」
そんなことをつぶやいていた。誰だろう。
 新人医師が白衣姿にほれぼれとしてポーズをとっている姿も見た。そのぐらいの自画自賛はいいんじゃないのと思った。かっこいい医師になるって長年の努力が今現実になったのかもしれないじゃん?それが人間してるだいご味のひとつよねー、なんて達観ぶったわたしはただただ、呼吸さえも自分でできないロックイン女子。

■人か物か


お医者さんも看護婦さんもそれからお見舞いに来る人もわたしを既に人とは見ない人がいる。ケアすべき”物体”と見ている人がいる。『人としての尊敬がなく物とみてくる人とは距離をとるのが人間関係で苦労しないコツ』らしい(例の心理学者が言っていた)。が、わたしには人と距離をとるというような選択の余地はない。選択の権利さえないのだ。それを嘆いたって憤ったって仕方のない話だから、人は時々理不尽にはまる、と昨日もなく明日もなく5分後も1時間後もないような時間と空間の中で思う。

 ”物扱い”してくる人はね、わたしの前で平気で笑っちゃうことをすることがあるのよ。放屁やはなほじくり。
 この間はイケメン研修医が脳波を見に来たときは突然の放屁の末、「あー、わりい、臭いよな。おなかいてー。昨日調子こいて焼肉食い過ぎたか。」とぼやいてた。どう思ったかって?結構好感持てたw
それにそう言えばこの人は、「わりぃ、臭いよな。」って、わたしを”人”扱いしていたのだし、それには小さく恋した。小さくだよ。だって本命がいるからね。
 かく言うわたしこそ、ここでは放屁も放尿も全部全部人様にさらけ出しているのだよ。笑いをとることが好きなわたしもさすがにこれには羞恥を覚えてきた。これでも年頃なので!

■あなたはナイチンゲール


もう辞めちゃったけど看護婦さんの中には面白い人もいてね、いつも語り掛けてくれる人がいたのよ、
「ねぇ、聞いて神奈川さん、わたし昨日デートしてね、もう浮かれて星の果てまで飛んでいっちゃった。
看護婦のことを天使の職業だ、って言ってくれてね、わたし、本気天使の気分になったわ。本当いうと、ナイチンゲールの伝記も読んだことないのにまるでナイチンゲールにでもなったような気持がしてね、これが恋かしらね。」
まぁそうでしょうね、そう思ったわ。それでもね、その人の手はわたしにとってナイチンゲールのようだったわ。柔らかく動いて、それで感覚のないわたしの身体を丁寧にふきとるのを眺めては感覚の記憶を辿ったものだわ。はじめに意識があるかもしれないって、医師に伝えたのも彼女。残念だけどわたしが意識を取り戻していることも視力が回復していることさえも気づいてもらえなかったけれど。

数日たって、恋愛のご報告があったわ。
「わたしね、彼といるとまるで自分がとてもきれいな存在のように感じられるの。こうして、うんこやおしっことってほぼほぼ肉体労働なところがあってうるさい看護師上司にため息ついている日常がね、かけがえのないものにうつるの。これって、幸せっていうのだろうなって。」
うん、そうだと思うよ。そうやって、身体動かせてしゃべりたいことしゃべれてそれで呼吸もできることは幸せだよ。

それで半年後にまた進捗ご報告があった。
「わたしね、彼と結婚することになったの。『天使の看護婦』と見たら天使でしょう。でも実際はうんこにおしっこをぬぐい患者さんの愚痴をきく。あれ、聞いたらだめなのよ、願いの歌だって聞くの。早くよくなりたいよっていう願いの歌。」
あぁごめんなさい、わたしはそんな歌ばかり歌ってるわ。今だってよ。諦念と希望の狭間でいったりきたり、道草したり。
「でね、医師によっては下に見てきていらっとする。」
物として扱われていらっとしたことがあるから少しわかる。

「だけど、立場として下なのだからそれは耐える。それに学力が足らなくて看護婦してるんだし。」

この人できてる!で、学力?それって知性を計るひとつの尺度にすぎないでしょう?思いやり測定器があったらあなたはぴか一の数値を出すわ。

「人に奉仕してもしても罵声がかえってくることもある。」看護婦さんの名前を一度見る機会があった。顔をぬぐわれたとき一瞬だけ名札に焦点が定まった。確か君津だったか津浦だったか。
「それが看護婦の仕事。でね、結婚ももしかしたらそうなのかもしれないのよ。『結婚は永遠の愛の誓い』『支えあい』『悲しみを小さくゴマ粒ほどに喜びは空にかかる虹のようにする』『毎朝の笑顔の挨拶』『夕べの語りと感謝の想い』そんな風に描かずにはいられないんだけどね、きっと陥穽があるものだわ。それでもわたしは結婚する。」
 わたしは未婚だからわからないけど母親と父親を見て結婚したいとは思えなかった。院長である父に絶対服従する母親、よくやっていられるなと思ってきた。結婚するのね、あなたなら酸いも甘いも嚙み分ける。
            ※

 惰性でいる夫婦。そんなの世の中の結婚事情の蓋を開けたら1000件に700件ほどいるかもしれないし、それは想像で真実の蓋を開けたら結構な割合の夫婦がお互いを充実させるような絆を作っているのかもしれない。それはわからない。数えたことがないし測定のしようもないのだから。わたしが意識が戻ったことでさえ、まだ測定できていないのだから。それよりあなたの思いやり度数が図れないのが悔しい、そう思った。

 彼女はそれからわたしの手にキスをして退職を伝えた。
「あなたはお笑いの人よね。『星の果て』のコントが一番のお気に入りだったの。あなたが元気になるのをみんな待ってるわ。また笑わせてね。」
わたしは泣いた。涙が出ていたかどうかわからなかったけどね。
今までありがとう、天使の看護婦さん。どうかお幸せに。

■もうひとつ泣けたこと


ある日のこと、3人の兄のうち一番上の兄がお見舞いにやってきた。
「おー、七海。久しぶり。かれこれ、こうして動かなくなって3年か。」
七海はわたしの名前。そう、もう3年経ったんだ。こうして意識が蘇ったのは、実はわたしの感覚で半年ほどになる。目が覚めているときはいつも意識が戻っているわけではない。時々意識がなくなり目が覚めたら随分と日差しと影のバランスが変わっていることがある。夏だったはずなのに一度寝て目が覚めたら秋、そんな風に。
 医者はわたしがまだ植物人間だと思っている。わたしは、意識が目覚めて閉じ込められたロックイン状態。身体に指令を出す脳のパーツがやられているから四肢麻痺状態。そんな状態の中顔面下部よりも上、つまり眼球だけは意識があると動かせることがある。意識があるとき、わたしは見えるし、聞こえてる。

 幸か不幸か医者が意識検査のときに限ってわたしは意識がない。そういうときは夢も見ない。だから月が新月から満月になる間に3,4日は意識が戻っていることをまだ誰も知らない。

 ある日兄貴はわたしに饒舌に語った。今のわたしほどではなくても3人兄弟の長男春樹は無口のはずだった。
「ほんとあんまり七海と話すことはなかったよな。今こうして話す方が多いくらいかもしれない。早く意識取り戻せよ。確率は低いらしいけど、ゼロじゃない。ゼロじゃないっていうのは可能性があるってことだよ。

 いつになるかわからんけど、医学がもっと発達してさ、脳の神経細胞修復技術ができてさ、身体まで動けるようになるかもしれないからな。そしたら、飲もうなぁ。飲もう。せっかく兄弟に生まれたんだ。すごい確率だ。
 七海がお笑いやるって家飛び出したとき応援してやれなかったのを悔やんでるんだ。いきなりだったじゃないか。随分と考えこんでいるようだったが、部屋に閉じこもったらでてこない。女の子はそんなものだと思ってた。」
わたしは普通とは違う道しか歩めないなって自己分析してた。それに兄貴は一家の期待を背負って結構な難題を抱えていたから、迷惑をかけちゃだめだとも思ってた。
 兄さんはため息をついて続けた。兄さんがこんなに落ち着いた声で話すことをわたしは今の今まで知らなかった。
「医師の家系だろ?家族といっしょになって芸人を下に見てたんだよ。医師のくせになさけないよな。」
笑いって治療にもなるし予防医学でもあるんだよ。わたしは兄さんが病院継ぐことと医師になることを真面目に考えてること知ってた。
「笑いって今ではものすごく健康にいいことわかってるんだ。」
でしょう?笑う門には福来るだけじゃないでしょう?
「誇りだよ。七海は藤家の誇りだ。早く意識戻れ。そして飲もうな。」
兄さんもだよ、あれから病院の評判が上がった。
わたしは泣いた。涙がでたのかどうかもやっぱりわからなかった。

■夢の中で横たわるからだ

「七、手足も動かないんだよなぁ。生きてるのかぁ、死んでるのかぁ。ずっと夢の世界にいるのかぁ。」動かな私を覗き込みながら兄さんが大声を出していた。
「動かないよ。感覚がないの。手足がほら、そこにあるでしょう。」
わたしは人形のように無造作に横たわるわたしの身体を指さした。
「動けるようになるさ。ほら、ここに糸をつけてさ、ほらこうして縫い合わせる。」
「それじゃ操り人形だよ。」わたしはどこからともなく声をかけた。
「人間なんて操り人形さ。世の中のニュース、誰かの言う根拠のないこと、宣伝に喧伝。権威の言うことに詐欺師たち。小さな広告に幅を利かせる人たち。僕なんて親の操り人形だったのさ。それなりの体躯をしているのに、見事に操られてきたのさ。もう後戻りはできない。だから・・・」兄は縫い付けたばかりの糸を切った。「自分で動け。自分でその身体を動かすんだ。俺みたいに操られるな。七海はいつだってそうだったろ?」
わたしは夢の中で必死にその身体に戻ろうとしていた。

■親友のお見舞いは悲劇か喜劇か


夢さえも見ない時間があるし、
何もかも終わって消してしまいたい時間、
それから淡々と時間が過ぎるのを眺めるだけの時間、
早く何か起きて、と焦燥感がふつふつと枠時間や、
狂おしいほどどこかに逃げてしまいたい時間。
わたしはこの閉じ込められた身体の中でわたしなりの時間を生きている。
誰と会話するでもないけれど、音は時々入ってきて少しの刺激や胸をかき乱すような刺激、それから笑いをもたらす。
時間はこうして流れている。

あるとき私の内部にけたたましいといえるほどの雑音をもたらした時間があった。かつての親友がやってきたときのことだった。そのことを伝える前に少しのろけておこう。

 へへ。わたしにはなかなかいけてる彼氏がいたのだ。3年もたっているというのだから、いるのだ、としていいのかどうかもわからないが、いたことは事実だ。仮にここでの3年も含めると、5年の付き合いになる。
 人生で2度目に付き合った人で正体なく傷ついたあとに出会った素敵な人だった。へへ。顔面力が半端ないだけじゃないのよ。何より中身が最高。わたしはイケメンがそんなに好きじゃなかったんだ。イケメンはそれで評価されるから、中身を磨く必要性に迫られることがなくって甘えている人が多いって考えていたから。ほら、長男のわがまま育ちみたいなもので。うちの兄は例外だけれどね。
 彼はその先入観を覆した人だった。わたしの白い恋人・ふはふはふはは。あっと、失礼。

 会う回数を重ねる程に好きになっていった。一回目のデート先、これは内緒にしておこう。2回目のデート先は、帝国劇場。初舞台ミュージカルだった。それでね、はまってしまったのよ。目の前で生の声をきくことがこれほど感動をもたらすとは思っていなかった。演目は『チャーリーとチョコレート工場』。感想を言ったらとまらないから、ただお金を超えた人間のすばらしさみたいなところを感じたし、劇場から出たとき初めて手を繋いだとき繋がった気がして心が温かくなった。

 3年も経ってるから、きっと誰かといっしょだね。イケメンさんだから。彼氏についてどんな進捗があっても覚悟しておかなくちゃね。思考だけは、意識があるうちは自由采配のうちと言えるから、だから思考実験する。
 まずは、彼が新しい彼女ができた場合、これは涙を呑んで祝福する。
 次、彼がわたしに寄り添ってくれた場合、これはうれし泣きをこらえつつきっとこう伝えたいと思う。「わたしを想ってくれてありがとう。だけどあなたはまだ若いし、モテ中のモテの超絶ミラクル素敵男子だから、わたしを気にせず新しい恋をしてね。無理してるよ?でもその方が気が楽だから。」

■親友の雛乃(ひなの)は恋のライバル!?

看護婦さんが戻ってきたと思ったら違った。雛乃だった。随分と髪が伸びたようでアップにしていた。
「や、七海。な、なに。」
口を押えた雛乃が覗き込んできた。
「酷くやつれたね。一応きれい系芸人だったのに。」
一応・・か。まぁそうね。きれいな人いっぱいいたな。
「半目、開いてる?気持ち悪い。閉じて。」
き、きもちわるいって。あーショックです。

「わたしね、3か月に一回ぐらいしかこれないけど、これからずっと来るからね。ずっとさ、お見舞いにくるから。」
雛乃・・。ありがとう。ごめんね、きれいにしていなくて。
「ほら、これ、好きだったよね。駅前のガトーショコラ。あ、日が長くなったね。顔に太陽がさしてる。カーテンしめるね。目覚めた時、シミだらけだったらいやでしょ?」
うん、いやだー。
「そんなこと、気にしないか。目覚めたことのうれしさで、そんなちっさなこと、忘れちゃうよね。」
確かに。それは今の状態からしたら小さいことになるね。
「今日はね、泣きに来たの。」
どうしたの?何かあったの?雛乃を泣かせるなんて、許さないから。
「わたしね、ずっとさ、ななの彼氏のこと、好きだったんだ。」
えっ!!!Σ(゚д゚lll)
「それで、この間、告白したの。」
な、な、な。なんてこと。えーー。
「そしたらね、まだ、ななのことが好きだからって言われたの。」
えっ。朔・・。
「だから、泣きにきた。」
・・・。
「でね、彼はわたしにこういったの。あと、半年待ってって。3年でふんぎるつもりだったけど、まだできていない。でもあと、半年たっても目覚めなかったら、新しい人生を前を向いて歩くって。そのときまだ僕のことを好きでいてくれるなら、そのときは考えるって。」
は、半年・・!?半年で目覚めきってやるー。
ぐぬぬー。・・・・。
「ふぅ、それからね、わたしは、複雑だったの。ごめんね、なな。わたし、ひどいよね。ななが目それでなかったら・・、なんて考えた。」
ぐわっ、超ショック。これが世に言う親友が同じ人を好きになるってものね。それをひどいと思うか、人を好きになることでそれは勝負であり仁義なき戦いの世界と考えるか、思考の選択の自由はあるわけね。

後半に続く~☆彡

3角関係の結末は!?

そばにいるよ

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