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【エッセイ】風になりたい

風になりたい。

そういうお前(おれ)は手足に車輪をつけ、四つん這いになって崖から飛び立て。そしたらすぐさま風になれるし、ついでに塵にもなれるだろう。

どういう導入部なのかさっぱりわからないと思うが、今からするのは自転車の話だ。

かれこれ四十年以上自転車に乗っていて、いまだに不思議だなあと思うのは、ぼくの心と対向チャリの乗り手の心がシンクロし、互いが譲り合おうとするがばかりに正面衝突してしまう、あの苦笑いの瞬間だろう。

いわゆる、チャリのランデブーの法則──というのは今てきとうに考えたので、ググってもまず出てこないはずだ。悪しからず。

とにかくまあ、私もそれなりに長く生きているので、そうした瞬間はなんども経験してきた。

王道的なパターンとしては、自分が右によけようとしたら相手も右によけ、だもんで今度は左によけると相手も同じタイミングで左によけ、互いの進路が決まらぬまま距離だけが無常にどんどん縮まり、最後はどっちもブレーキをかけてつんのめって苦い顔をし合う、というあれだ。

まあ、今はマスクをしているから、苦い顔をしても分からないかもしれない。だったら取れ、マスクを。苦い気分のときは苦い顔をする。それが人間というものだろう、ちがうか?

けどまあウイルス怖いしね。

とにかく、チャリに乗っているとなぜかそうやって、対向チャリの乗り手と心がシンクロすることが多いのは実に謎である。こちらがワンテンポずらして右によけたり、対向チャリがよけるものと想定して突き進んだりするなどの対策も有効だが、たまにどうやってもこちらの動きについてくる、凄腕ジャズマンのような強者がいるので、根本的な解決には至らない。

けどな。

こうした危険なチャリンコの譲り合いチキンゲームを回避する、絶対確実な方法がある。

それは自ら止まることだ。そして相手が通り過ぎるのを待てばいい。これでもう、不毛な腹の探り合いからは永久的に解放される。

欠点があるとすれば、ちょっと悔しいということだろう。最高の風になっている自分がなぜ、止まらないといけないのか。あたかも勝負に負けたかのような、複雑な感情に君は駆られるかもしれない。

けど、たいていの乗り手は通り過ぎざま、「すみませーん」と謝ってくる。こちらの胸のうちをおもんぱかってくれる。その瞬間に君の悔しさ、犠牲的精神は報われ、素晴らしい一日を掴み取ることができるのだ。

だからそう、対向チャリが来たら道を譲ろう。

人間不惑を過ぎたら、負けて勝つのが格好いいんだぜ。知らんけどな。

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