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【エッセイ】ゴミ箱
ゴミ箱ってちょっとやさしい。
ゴミ箱とは文字どおりゴミ、つまり要らなくなったものを捨てるための箱であるけれど、構造的にはプラスチックや金属製の板で空間を仕切ったものでしかなく、たとえば見るたびに悲しくなる写真をゴミ箱に捨てたとしても、その写真はまだ写真としてそこにある。
ゴミ箱と呼ばれる空間内に移動するだけで、写真そのものがゴミと呼ばれる別の何かに変化するわけではない。
それが本当の意味でゴミになるのは、ゴミ収集車に回収されたのち焼却場で燃やされたり、埋立地に埋められたりした時であろう。
所有者が現実的にそのものを回収できなくなったその瞬間、それはようやくゴミとなるのだ。
それまでの間、ゴミ箱のなかにあるゴミは暫定的な状態でしかなく、便宜上「ゴミ」と呼ばれてはいるものの、完全にはまだゴミになっていない。
だから本人さえ望めば、なんならゴミから戻してもやれる。
たとえばゴミ箱に写真を捨てたあと翌日になって、あの悲しい記憶のなかにもいくつか笑顔が残っていることに気づき、急に捨てるのが惜しくなってきても、まだゴミ袋の口を閉めて、家のそとのゴミ捨て場に出していないのであれば、ゴミになりきれていないその写真をゴミ箱から拾い上げてやればいいのだ。
そう考えるとゴミ箱があるおかげで、人は衝動的に捨ててしまった何かを振り返るための猶予を与えられているようにも感じる。時には象徴的な行為にもなりえ、実際に大切なものを捨てなくても、ゴミ箱にひとまず「入れておく」ことで心にふんぎりがつき、新たな一歩を踏み出せるかもしれない。
ゴミ箱。
そこは要らないと思った記憶を見つめ直させてくれる場所なのだ。
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