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【ゲームとか翻訳話】『Weird West』〜ラップで訳すのは大変だ〜

翻訳を半分ほどお手伝いしました、西部劇テイストのアクションRPG『Weird West』が、おなじみ架け橋ゲームズさんの国内サポートでリリースされました(PS4/Xbox/PC)!

“半分ほど”と書きましたが、本作は結構なテキスト量があるため、二人体制で翻訳しております。

リリーストレーラーはこちら。ちなみに字幕は拙訳です。

実際のゲームプレイの紹介などは、こちらのIGNジャパンさんの記事に詳しいです。本作の魅力が巧みにまとめられています。

では翻訳の話を。

プロジェクトのスケール的にも、“イマーシブシム”という自由度の高いジャンル的にも、かなり翻訳に苦労した本作ですが、何はともあれ、ゲームの第二章に登場する、韻を踏んで会話するブタ男“ジョー”のことに触れないわけにはいきません。

そう、このキャラは韻を踏んでしゃべります。

翻訳びとによってはそう聞いただけで、過去の案件での忌まわしい記憶が蘇り、鼓動が早まり息が荒くなって、“奇妙な西部”へのジャーニーに出てしまうかもしれません。

それくらい、「韻を踏んで訳す」というのは難儀なことなのです。

このブタ男ジョーのラップ翻訳を担当したのは、私ではなく、パートナー翻訳者のSさんなのですが、この翻訳というかローカライズが素晴らしいんです。私も初めて読んだときは爆笑しながら脱帽しました。

いや、ほんと大変なんですよ。韻を踏んで訳すのって。そもそも英語と日本語では当然のごとく、文章の構造そのものが大きく異なります。韻を踏むべき単語が、英語と日本語で完全一致するなんてことは、まずありえません。

例えば、英語では「アップル」と「カップル」で韻を踏んでいても、日本語では「リンゴ」と「カップル」とかになってしまい、脚韻が踏めません。頭韻の場合もしかり。もちろん、原文と同じ単語を使って、日本語でも韻を踏ませられたら万々歳で月へ向かって吠えたくなりますが、十中八九、そうは問屋が卸しません。

皆さんだったら、どう対処しますか?

結論から言うと、本作のブタ男ジョーのラップパートでは「物語上必要な情報をキープしつつ、日本語で脚韻を踏むようにテキストをアレンジする」というアプローチを採りました。

そのため原文からは大幅に手が加えられています。『スカーレット・フッド』の時にも触れましたが、特にゲームの翻訳では、“翻訳”という作業の限界と向き合わされることが少なくありません。

実のところ当初は、ジョーのセリフをすべて韻を踏ませて訳すのはあまりに大変なので、別の形で特徴的なしゃべり方をさせようと考えました。次善策として、時に採られるアプローチです。こうすることで韻は踏めなくとも、少なくとも原文どおりに“翻訳”することができます。ある種のトレードオフですね。

ただ、本作ではそれも許されませんでした。

なぜなら、ブタ男ジョーは「韻を踏まないとしゃべれない呪い」にかかっており(どういう呪いだ)、韻を踏むことがストーリー上、大きな意味を持っているからです。

そう知って我々は覚悟しました──逃げられねえ、と。窓の外の夕陽が妙に鮮やかに見えました。涙で滲んでいたのかもしれません。

デベロッパからも直接「テキストをアレンジしてもいいけど、とにかく韻を踏ませてな」といった指示が下され、退路は完全に塞がれました。ジョーのセリフだけでも結構な量がありますが、もうやるしかありません。

というわけで、パートナー翻訳者のSさんが数日かけてジョーのセリフに取り組み、この可笑しくも素晴らしいラップトークができあがった次第です。ちなみにこの困難な作業には、YouTubeでラップ動画を観まくってから臨んだそうです(笑)

あらためて見ると、本当にすごい…私は今、業界の伝説を目撃しているのかもしれません。

『Weird West』をプレイされた皆さんのツイートでも、このラップパートに触れているものが多く、大いにウケているようです。今頃Sさんも、パソコンの前で喜んでいるかと思います(笑)。

ちなみに、ゲーム翻訳者の武藤陽生さん(『VA-11 Hall-A ヴァルハラ』など)が、本作の実況配信をされています。“ゲーム翻訳あるある”はもちろん、小説の翻訳も手がける武藤さんらしく、言葉に対する鋭いコメントも聴ける、とても愉快なチャンネルです。興味のある方はぜひ。

本作、イマーシブシムという極めて複雑な作りのゲームのため、細かいバグがちょこちょこ残っているかもしれません。バグを発見した際は、『Weird West』専用のフィードバック掲示板や、Discordページまで英語でご報告いただくか、国内版リリースサポートの架け橋ゲームズさんまでお問合せください。

それでは、“奇妙な西部”の奇妙なストーリーを存分にお楽しみくださいませ!

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これもう猫めっちゃ喜びます!