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【エッセイ】扉の向こう

エレベーターの前に立って、ふと思う。

これからマンションの一階まで下り、チャリを駅まで駆って高速バスで羽田に向かい、飛行機に飛び乗ってタラップを降りたら、そこは雄大なグリーンランドかもしれない。

それってすごく素敵なことだ。

仕事と生活に追われる日々の中ではふと、自分が籠の中の鳥になったように思える瞬間があるが、決してそんなことはない。実際のところ、目の前のエレベーターからグリーンランドまでは、海とか山とかは間にあっても、空間上ではひと続きに存在している。

子どもの頃、何よりもどこでもドアが欲しかった。けれどそんなものは空想の産物でしかなく、実際には『ザ・フライ』という映画で悲劇に終わったテレポーテーションの実験みたいに、人間には実現できない夢物語かと思っていた。

けど、どこでもドアはずっと目の前にあったのだ。角度の塩梅でそう見えなかっただけで。

自由は常にそこにある。あとはその手で掴むか否かの問題だ。もちろん、それは典型的な「言うは易し」の事案であって、現実的には時間と銭、そして今を顧みない不退転の覚悟が必要になってくる。そこで私は臆してしまう。

それでもそうした現実認識により、自分はやっぱり、ぜんぶが輪みたいにつながっている世界の中でみんなと一瞬に生きているのだと、あらためて実感させられ、少し勇気が湧いてくる。

今日はこのエレベーターを降りた先に、グリーンランドは広がっていないだろう。けれど、それはいつでも自由への扉へと、どこでもドアへと早変わりするのだ。

そんなことを思いながら、エレベーターという自由の胸の中へ意気揚々と飛び込んだら、同じ階の住人が向こうから息を切らせて走ってきて、妄想をめぐらせる私の隣へ踊り込んできた。

飛んでいく心。混乱するメンタル。高まる動悸。

次の瞬間、私はその人とグリーンランドのぐるり何もない氷原に立ち、途方に暮れていた。

「どうやって家に帰りましょうか、はは」と、住人は苦笑いした。

氷山の砕ける音が聞こえ、アザラシがキュウと鳴いた。

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寄稿ライターさんの他メディアでのお仕事も。遠山エイコさんのフェリシモでのエッセイ!

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