G線上のアリア論-BACH音楽の普遍性(後編)アレンジの魔力と逸脱
バッハの超有名曲をできる限り多角的に見ていく本稿について、前回は《パレストリーナからバッハへ》と題して、メロディや楽節構造の分析を通じて曲の魅力(旋律美と構造美)を再検討した。また、中世ルネサンスバロックに共通する作曲原理(旋律の重層化)を俯瞰し、バッハが過去の作曲家(特にパレストリーナ)から多くを学んでいたことについて指摘した。
前編はこちら。
後編となる今回は《アレンジの魔力と逸脱》と題して、『G線上のアリア』の様々な演奏を紹介する。
先入観を持たず、まずは聞いてみてほしい。奏者はその道の名手ばかりである。
1.天国系
いきなり昇天である。
ボーイソプラノの反則的なまでの天上世界。
これぞ至高の安らぎ、癒しの音楽である。
2.ワールド系
パンフルートのルーツは複数あるが、いずれにせよ、どこからどう聞いてもこれはワールドミュージックそのもの。
民族楽器で演奏してもまったく違和感がない。
3.エレキ系
キレッキレにキまってるバッハ。
エレキギター特有の節回しが原曲の歌ごころを余すところなく伝える。
電子の世界でも、バッハはバッハ。
4.おじさん系
おじさんおばさん世代がホッとするバンドスタイル。
ギター、ベースにドラム。これぞバンド。
それにしても本当におじさんしか映っていない。
5.バーラウンジ系
ジャズピアノのただただシビれるカッコ良さ。
バーやラウンジでこんな音楽が流れてきたら、もはや酒や異性どころではない。
ところで、ドラムの人が持ってる泡立て器みたいな、ミニほうきみたいなやつ、あれが気になって仕方がない。
6.和風系
和楽器によるバッハは、実に奥が深い。
まったく違和感がないのはもちろんのこと、むしろ本来の魅力を異なった肌触りで伝えてくれる。
7.ラテン系
思わずニヤける、ラテンの国のバッハ。
音楽は、楽しいものだ。人生とは、豊かなものだ。辛気臭い顔をしていたって始まらない。
8.王道系
正統派ピアノソロアレンジ。
ゆっくりと流れる時間、静かに迫りくる音楽。平穏清澄にして豊かな旋律美と揺るぎない構造美。
この曲に横たわっている高度の普遍性や抽象性に改めて思いを巡らせる次第である。
以上、8つの演奏、いかがだっただろうか?
驚愕、反感、納得、嫌悪、好意。
こんなのバッハじゃない? これこそバッハだ?
様々の感想がありうるはずだが、いずれにせよ、我々はそこにはっきりとバッハの音楽を聞いているはずである。逸脱すればするほど、むしろバッハに出くわす、といったふうに。
作曲されてから300年近くたった今なお刺激的であり続ける音楽というのは、そうそうあるものではない。いま改めて、バッハが生み出した音楽の普遍美に思いを致す。