見出し画像

現職教員の教職大学院での学び⑩〜改めて考える心理的安全性〜

はじめに-最近の様子- 

 早いもので、まもなく2月です。教職大学院の講義も今年度は終わりが近づいてきました。この時期はレポートやグループ発表の準備に追われている方が多く見受けられます。かく言う私もです。1年履修の現職教員の方は課題論文の追い込みがあります。学校現場同様、卒業(修了)に向けて一直線といった感じでしょうか。
 ちなみに私は2年履修なので課題論文の提出は来年です。1年履修の方々に比べると比較的余裕があります!・・・と言いたいところですが、個人の研究は続きますので正直余裕はありません。先週も、とある自治体の校長先生と指導主事の方に特別支援教育に関する事柄や先生方の活かし方についてインタビュー調査をさせていただきました。非常に深い内容をお聞きすることができたとともに、人としての在り方の大切さを改めて実感したところです。インタビュー内容の文字起こし頑張り中です!(この作業がなかなか辛い)

改めて「心理的安全性」とは? 

 さて、本題です。何度かこのnoteでも取り上げている「心理的安全性」について、教職大学院の学びと関連させながら、思うところを書いていきます。

 心理的安全性については教育現場を含め、様々な場面で話題に上がることが多いです。よく引用される定義としては下記のようなものがあります。チームリーダーを務める方はどこかで耳にしたことがあるのではないでしょうか。

チームの中で,対人関係上のリスクを伴う行動をとったとしても安全であるという信念が共有された状態

エドモンドソン (2021)『 恐れのない組織:「心理的安全性」が学習・ イノベーション・成長をもたらす』 英治出版

 教職大学院の授業では、様々な背景をもつ院生と協働しながらある課題に対して一つの解決策を導くといったことがよく行われます。課題に取り組むグループは毎週一緒に協議することもあれば、その日限りのメンバーになることもあります。その日限りのメンバーでのやり取りの際は、議論の深まりというよりも、それぞれの経験や考えを聞き、自分の考えとの違いや共通点を探すことに注力してしまうことも多くあるように思います。
 一方ある程度長い期間同じメンバーとチームになって課題に取り組む際には、課題の「重さ」や求められる解決方策などの「質」が変わってきます。
 年齢や立場関係なく、グループメンバーの知見が掛け合わされることで解決方策の質が上がってくるのは想像に難しくないでしょう。その際に必要なのは上記で示した心理的安全性です。自分の考えや意見を恐れなく述べることができなければそれぞれの知見を掛け合わせることなど不可能です。心理的安全性が担保されていない状態であれば、役職が上の方や声の大きい方(声量という意味ではありません)の意見に皆さんがニコニコしながら、もしくは苦笑いしながら追従するのではないでしょうか。

心理的安全性=話しやすさ???

 心理的安全性が担保されているということを「皆が共感的に聞く」、「波風立てずに話しあう」というように捉えている方もいらっしゃると思います。これらは「話の聞き方」としては必要な面もあると思いますが、正しい意味での心理的安全性ではありません。ここからもう一つステップがあるはずです。下記の記事から引用します。

 中原教授はこの記事の中で心理的安全性の概念を理解するために重要な点を2つ示しています。1つが、リスクを取った人を保護するセーフティネットとしての心理的安全性です。もう1つがチームのラーニング(学習)とパフォーマンス(成果)を高めるための概念としての心理的安全性です。つまり、心理的安全性を確保するということは、お互いに指摘し合ったり、ミスを開示し合ったりすることで、チームメンバー全員での学習を促し、その結果としてチームの成果を高めることを目的としているのです。
 
チームの成果が求められるという点が蔑ろになってはいけません。ただ話しやすい、何を言ってもみんなが共感してくれるだけで終わってはいけないということです。

ある課題を通して

 先日私が所属するプログラムの院生チームで5週に渡って課題を見つけ、その課題に対して一つの方策を立てていくといった授業がありました。100分の授業✖️5コマ=500分(正直授業時間以外も使ったので600分ほどでしょうか)です。その中では課題を見つける点からそれぞれのメンバーが自由に意見を言い合い、辻褄が合わない点、言葉の定義があやふやな点を恐れなく言い合うことができました。方策をより良いものにするためです。時には、まとまっていた意見を崩すこともありましたが特段誰かが不利益を被ることはありませんでした。ただの仲良し集団ではなく、健全な意見の言い合いがそこにはありました。成果を高めるためにです。「これが心理的安全性か」と強く感じた次第でした。
 実際の教育現場、特に教員という専門家集団の会議や指導打ち合わせの実際を考えると、学校や学年団としてのチームの成果を高めることに話が帰着することはどれほどあるでしょうか?形だけになっていないでしょうか?仲良く過ごすことだけに重きが置かれる風潮になっていませんか?(仲が良いのはいいことですが)教育現場に関わらずもしかしたらこの記事を見てくださっている官公庁や民間企業等のチームリーダーの方の中にも苦い気持ちを抱いている方がいるのではないかと想像します。
 大学院の学びではチームとしての成果を高めるという点に皆さんがきちんとフォーカスされているのが心地良いです。

チームを良くするためには心理的安全性が必要

 どうすれば心理的安全性が担保できるかは様々な書籍が出ていますのでそちらを参考にしていただければ良いかと思いますが、チームメンバー全員がチームとしての成果を高めることを意識することも大切ですね。

ビジネス書から入るのもオススメです(別の記事にも使用した画像です)

 そのためには私たちは何のためにこの教育を行っているのか、どうありたいかといった共通のビジョンを掲げることの重要さや、それをどう浸透させ、どのようにメンバーに活躍してもらうか、どのようにメンバーとコミュニケーションをとっていくかといった点が出てくるでしょう。掘り下げていくとあら不思議。また心理的安全性の担保に行き着くことになりそうです。チームとして成果を出すことはやはりチームの中での心理的安全性がなければ実現できないことだと思います。(恐怖で縛り付けて成果を出させるという手法もあるようですが、私は嫌いです)

おわりに

 心理的安全性やチームづくり、最近興味のあるwell-being関係の話になるとどうしても文章が長くなってしまいます。削ろうとすればいくらでも削れるのでしょうが、何というか自分の中で文章を書くリズム?のようなものがあってなかなか削れないのです。申し訳ありません。
 先日大学院の別プログラムに所属されている方からこのnoteに対して温かい言葉をいただきました。言葉で伝えてもらうのはとても嬉しいですね🌸ありがとうございます!
 皆様週末体調にお気をつけてお過ごしください!今日もお読みいただきありがとうございました😊

この記事が参加している募集

習慣にしていること

仕事について話そう

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?