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はぎとられた名前~映画『黄金のアデーレ 名画の帰還』

 遅まきながら、映画『黄金のアデーレ 名画の帰還』を見た。

 クリムトの傑作<アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像I>を巡る実話を題材にしたもので、気になっていながら、結局映画館には行き損ねてしまった。

クリムト、<アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像I>、1907年

 映画は、ポーズを取るアデーレを前に、クリムトがこの絵を描いていく場面から始まる。

 金箔が救い上げられ、キャンヴァスの上に一枚乗せられていく。

 ここでもうドキドキしてくる。

 そして、優雅に手を組み、ポーズを取るアデーレの匂い立つような美しさ。17歳でちょうど倍の年齢の夫に嫁ぎ、肖像画を描いてもらったときは女ざかりの26歳。

 首には夫から贈られた、ダイヤモンドを散りばめたチョーカー。

 流れ落ちる服の上からでもわかるすんなりした体つき。

 ああ、こんなにも美しい人なのか。こんなにも美しい絵なのか。と、ため息をつく。

 そして、画面は変わり、21世紀のアメリカの葬式の場面。

 いよいよ主人公の登場である。

 主人公はアメリカに暮らす女性マリア・アルトマン、82歳。

 子供のいないアデーレたち伯父夫婦と一緒にウィーンで暮らしていた、ユダヤ系の女性である。

 美しい伯母がいて、伯父がいて。両親と姉がいて。

 伯母は若くして亡くなるが、肖像画は残り、可愛がっていた姪マリアの結婚を見守る。

 幸せに、輝いていた。

 ナチスが侵攻してくるまでは。

 突然家にやってきたドイツ兵に財産を抑えられ、軟禁状態に置かれる一家。

 父が愛用していたストラディヴァリウスも、伯母に譲られたチョーカーも、奪われる。

 やがて、マリアは夫と共に、身一つでウィーンを脱出、既に亡命していた伯父と姉を追ってアメリカへ。しかし、残してこざるを得なかった両親は…。

 没収された財産のうち、伯母の肖像画は、ナチスの高官の物になった。そして、ユダヤ系の家にあったという経歴を消され、名前をはぎ取られ、<黄金の女>というタイトルで、オーストリアの美術館に収められていた。

 それを「返して欲しい」と、マリアがオーストリア政府を相手に訴えるのが映画のメインストーリーになる。

 訴訟が進んでいく中、回想シーンとしてウィーンでの少女時代や新婚時代の幸せな思い出、そしてナチスの侵攻と、街中で行われる迫害、隙をついての亡命の決行などが、さしはさまれる。

 失ったものは戻らない。

 幸せな記憶。それを共有した両親や友人たちは、ナチスに殺された。

 その痛み、特に両親を捨てて逃げた罪の意識は、数十年経っても消えない。

 だが、楽しいことでも辛い事でも、それらが撚り合わさった上に「今」はあると言うべきか。

 マリアに協力する弁護士ランドルの変化を見ていて、そんなことを思った。

 彼は、マリアの友人である母から来た依頼を、最初は金目当てで引き受けた。しかし、マリアの話を通して、自分の祖先もまたホロコーストの犠牲になった事実を改めて感じ、恥じ入る。そして、自分の意思で積極的にできることを目指して動いていく。

 映画を見終わった後で、これが実話だ、と改めて思い起こすと、ずんと深く触れてくるものを感じた。

 この作品は、ルーツを見詰め、取り戻し、そして生きて行く話、と呼べるだろうか。

 <アデーレ~>は、単に美しいだけではない。

 絵をめぐって、このような話、歴史があった。

 それをこれからも多くの人に知って欲しい。

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