![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/12639529/rectangle_large_type_2_912e5c288c6f34f3fe377c4b3b05a291.jpeg?width=800)
はぎとられた名前~映画『黄金のアデーレ 名画の帰還』
遅まきながら、映画『黄金のアデーレ 名画の帰還』を見た。
クリムトの傑作<アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像I>を巡る実話を題材にしたもので、気になっていながら、結局映画館には行き損ねてしまった。
クリムト、<アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像I>、1907年
映画は、ポーズを取るアデーレを前に、クリムトがこの絵を描いていく場面から始まる。
金箔が救い上げられ、キャンヴァスの上に一枚乗せられていく。
ここでもうドキドキしてくる。
そして、優雅に手を組み、ポーズを取るアデーレの匂い立つような美しさ。17歳でちょうど倍の年齢の夫に嫁ぎ、肖像画を描いてもらったときは女ざかりの26歳。
首には夫から贈られた、ダイヤモンドを散りばめたチョーカー。
流れ落ちる服の上からでもわかるすんなりした体つき。
ああ、こんなにも美しい人なのか。こんなにも美しい絵なのか。と、ため息をつく。
そして、画面は変わり、21世紀のアメリカの葬式の場面。
いよいよ主人公の登場である。
主人公はアメリカに暮らす女性マリア・アルトマン、82歳。
子供のいないアデーレたち伯父夫婦と一緒にウィーンで暮らしていた、ユダヤ系の女性である。
美しい伯母がいて、伯父がいて。両親と姉がいて。
伯母は若くして亡くなるが、肖像画は残り、可愛がっていた姪マリアの結婚を見守る。
幸せに、輝いていた。
ナチスが侵攻してくるまでは。
突然家にやってきたドイツ兵に財産を抑えられ、軟禁状態に置かれる一家。
父が愛用していたストラディヴァリウスも、伯母に譲られたチョーカーも、奪われる。
やがて、マリアは夫と共に、身一つでウィーンを脱出、既に亡命していた伯父と姉を追ってアメリカへ。しかし、残してこざるを得なかった両親は…。
没収された財産のうち、伯母の肖像画は、ナチスの高官の物になった。そして、ユダヤ系の家にあったという経歴を消され、名前をはぎ取られ、<黄金の女>というタイトルで、オーストリアの美術館に収められていた。
それを「返して欲しい」と、マリアがオーストリア政府を相手に訴えるのが映画のメインストーリーになる。
訴訟が進んでいく中、回想シーンとしてウィーンでの少女時代や新婚時代の幸せな思い出、そしてナチスの侵攻と、街中で行われる迫害、隙をついての亡命の決行などが、さしはさまれる。
失ったものは戻らない。
幸せな記憶。それを共有した両親や友人たちは、ナチスに殺された。
その痛み、特に両親を捨てて逃げた罪の意識は、数十年経っても消えない。
だが、楽しいことでも辛い事でも、それらが撚り合わさった上に「今」はあると言うべきか。
マリアに協力する弁護士ランドルの変化を見ていて、そんなことを思った。
彼は、マリアの友人である母から来た依頼を、最初は金目当てで引き受けた。しかし、マリアの話を通して、自分の祖先もまたホロコーストの犠牲になった事実を改めて感じ、恥じ入る。そして、自分の意思で積極的にできることを目指して動いていく。
映画を見終わった後で、これが実話だ、と改めて思い起こすと、ずんと深く触れてくるものを感じた。
この作品は、ルーツを見詰め、取り戻し、そして生きて行く話、と呼べるだろうか。
<アデーレ~>は、単に美しいだけではない。
絵をめぐって、このような話、歴史があった。
それをこれからも多くの人に知って欲しい。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?