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【ヤマトタケルの水(山エッセイ)】

生籐山の山頂に向かう尾根道に甘草水と呼ばれる、湧き水の流れる場所がある。

その水場には一つの逸話がある。

三種の神器でもある草薙剣を携えて戦った古代の英雄、ヤマトタケル。彼は東国の敵を倒すために軍を指揮して生籐山を越えようとしていたが、山に水がないせいで軍はなかなか山を越えられなかった。

ヤマトタケルは山中で剣を抜くと、とある岩を一突きした。すると岩から水がこんこんと湧き出て尽きない水場が生まれた。軍はその水を飲んで士気をおおいに回復させ、無事に東征は成功した。

というエピソードが甘草水にはある。

この甘草水に限らず、日本の各地に同じような伝説がある。弘法大師が杖で一突きしたとか、旅の法師が一突きしたとか、不思議なパワーを持ったすごい誰かが石や地面を一突きしたら水がこんこんと湧き出たという話が日本中に残っている。

それだけ水場が貴重に扱われてきたということだと思う。山の中で水が得られなくなったら人は生きられない。貴重な水場を守るためにヤマトタケルや弘法大師といった権威のある人物の伝説と結びつけて「この水は英雄に授けられた大切な水場だ」と語り継いで、地元の人たちは何百年、下手をしたら何千年も水場を守ってきた。

そういった人々の努力と苦労があるから、今もこうして綺麗な水場が保たれている。流れる水に両手を浸すと、山歩きで火照る身体に水の冷たさが染み渡る気がした。

これで両手にヤマトタケルのパワーが宿ったぞ! 

なんて一人で両手を濡らしながらニヤニヤしていたら背後から音もなく忍び寄っていた登山客に見られて、ずいぶん恥ずかしかった。

伝説の水。冷たくて気持ち良い。


また新しい山に登ります。