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【書評】『魍魎の匣』 京極夏彦

シリーズ1作目『姑獲鳥の夏』は映画でみて「ふーん」と思い、だったらこれをと先輩に薦められて読んでみた。君、厚さにびびっちゃいけないぜ。これ読まないで死ねなかった……。(未読な方で読みたいと思ってらっしゃる方はスルーしてください)

(長いのでいったん途中経過で感想をもらす)
確かに長いけど、するする読みやすい文体。
まだ途中だが素直におもしろいと思う。

ただの薀蓄ミステリかとおもいきや
なんと表現したものか、
まわりくどさをウリにした娯楽文学?

じれったいほどに真相究明のスト―リーも
京極の講釈もまわりくどいのである。
しかしそこがポイントでぐいぐい
読まされてしまうのだ。

キャラの造詣もよく、合いの手やつっこみが入っていて
長い講釈もゼンゼンあきない。

事件全体がぼんやり浮かんでくるまで
そうとうまわりくどく待たされるが
それが、京極や木場、関口、榎木津などの
丁丁発止のやりとりを聞いてるのが
楽しくてやめられない。

なんなのだこの気持ちイイ、まわりくどさは?
長くてまわりくどいってどう考えたってマイナス面のはずなのに。
これはそれを逆手にとって楽しませてくれる。
そこが新しいのだ。個性なのだと俺は思った。

ただの薀蓄ミステリじゃない。
長いけどセリフのリズムは半端じゃなく
気持ちよさを保っていて、長いのに無駄がない感じ。
ついつい京極の長講釈を実際に声に出して読んでしまうほどだ。

それと、バラバラ殺人とか事件については
ややこしくって書かないけど、
いいなと思ったのは、殺人の動機についての講釈。

普通の小説でも現実でも殺人がおこれば、
それにもっともらしい動機がつく。
はじめに動機ありき。いわく、虐待だ、トラウマだ、
あーだこーだ、だから殺した。

そういうレッテルをはり、くくり、
殺人者と自分達がまるで遠くかけ離れた
存在であるかのようにする。
そうやって安心したいために動機が必要なんだという。

だが実際は、いろいろな原因が積み重なり、
たまたま環境的に殺せる環境が整い、
そして魔が差しただけ。
それでも殺人は起こる。

誰でも殺したいとかいう感情は持っているし、
あとはそれを実行できる環境が来るか来ないかだけの話で、
殺人者と我々には、なんの隔たりもないのだと。

なるほどなーと思う。

最初はちょっと理屈がすぎないかい?
と思わなくもなかったけど、
殺人の動機にこれみよがしに虐待だなんだと騒ぐ話には
確かに食傷気味になってる。

そこから考えると、こういう京極の視点は、
簡単にくくらずにいる立場にいる感じで
なかなか考えさせられる。

(閑話休題)

今読み終わったのだが、心臓はまだ不安定だし、
物語酔い? のような状態になってしまった。

なんたる悩ましい世界を顕現させるのだ
京極夏彦という男は!

後半のクライマックス。
黒衣の陰陽師京極と、白衣の天才科学者との対決。
そこで読者はなんとも恐ろしい魍魎という感覚に震撼させられる。

魍魎とは境界、そして人として行ってはならない向こう側だ。

魍魎にあてられて、人は
自らの闇にとりこまれ、
向こう側へと渡ってしまう。

常人では誘われたら抗えないほどの
引力で。
(陰陽師の京極だけは平気だったけど。
あと木場も大丈夫か)

すべてが紐解かれると、
最初の1ページからの幻想的なシーンが
どーんと魍魎の姿をなして胸の中にあふれてくる。
そこで震える。

この小説こそ魍魎そのものだ。
あけてはいかん、魍魎の匣。
なんという引力!
思いっきり、引き込まれました。

追記:読了後、魍魎にふれて
どっと疲れたことを書き忘れた。
揺さぶられすぎて、疲れたのだ。

そう、まるで関口くん(登場人物)になった気分。
関口くんだけが、たしか語りが一人称だからかな。
どうしたって感情移入してしまう仕掛けかも。

それから頭の中に浮かんでくるセリフが
昭和戦後のちょっとふるめかしい言葉使いに
なってしまった。尾をひく作品だ。

どうしたって君、そういうことになるのじゃないか?

それから構成の話も。
まわりくどさの文学といったけれど
それはペダンティックなキャラの語り口のうまさと
構成のうまさ両方のことをさしているのさ。

小説内に小説をのせてるメタな作品なんだけど、
これがアッ! という、うまいところで、
ガツンときいてくる。

でも、この辺はこの小説の肝にかかわるので
これ以上は書かないでおく。

ただ、これだけは言っておいてもいいかな。
読み終わったあと、

「ほう」

としか言えない生首の存在が、妙にリアルに、
胸の奥に鮮明に響いてくるのであるよ…。

いやはや、魍魎を実体験させられた日には
降参するしかないでしょ。


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水もしたたる真っ白い豆腐がひどく焦った様子で煙草屋の角を曲がっていくのが見えた。醤油か猫にでも追いかけられているのだろう。今日はいい日になりそうだ。 ありがとうございます。貴方のサポートでなけなしの脳が新たな世界を紡いでくれることでしょう。恩に着ます。より刺激的な日々を貴方に。