見出し画像

東京探索記 28 杉並区

9月14日(土)、所用で杉並方面へ。ちょうど大宮八幡の前の参道の通りにはいると秋の祭禮のようです。どうやら15日が神輿も出る本番(適切な単語が見当たらないので失礼)のようです。

参道の通りを進むと、商店名のはいったたくさんの提灯がぶら下げられています。祭りの気分が盛り上がってきますね。自分は関係ないのにこれだけでもウキウキ、ワクワク。そして私と同じように八幡宮へ向かって歩く人たちが増えてきました。

大鳥居まで来ると大勢の人の姿。祭りは15日がメインですが、前日からもう地元や近郊の人たちで賑わっていました。出店もあって楽しそう!

ところで参道へ行く手前でまっすぐな道が交差している場所があります。
その交差部分に「祭馬塔」という石碑が残されています。街歩きをしていると馬頭観音はよく見かけたりしますが、祭馬塔というのは初めて。

グーグル検索したりしてみましたが、祭馬塔に関して説明しているものは見つからず。推察している方のものはあったのですが、これだという納得のいく決定版はなく。文字から推察すると、馬を祭る、祀るのだから馬頭観音と同じような意味なのでしょうね。場所も大宮八幡そば。
同じく参道前の通りには源義家が奥州征伐の帰路、この近くの松に鞍をかけたという逸話の場所「鞍掛松」もあるので古来から人の往来が多い、栄えた場所だったのでしょう。だから馬を休めたり、代わりの馬を用意しておくこともしたりしていた。そういう馬たちのために祭馬塔が立てられたのでしょう。

その祭馬塔が立っているのはこんな場所です。白い小石が敷き詰められた三角地帯に鎮座していますが、その手前の頂点に赤い四角のなにか。
そして左手にまっすぐな道。これは荒玉水道道路です。
荒玉水道道路とは、世田谷区砧で多摩川の水を取水して中野区野方、板橋区大谷口まで給水するために敷かれた水道管の道です。「荒」は荒川の「あら」、「玉」は多摩川の「たま」。効率よく終点まで届けるために土地の高低差に関係なくまっすぐ一直線です!ちなみにゴール地点の野方、大谷口の両方ともに給水塔が今でも残っています。
そして赤い四角の構造物はここ(左側の道路ですね)が水道用地であることを示す境界石(境界杭)です。近づいて見ると、下の写真のようにうっすらですが文字が刻まれています。上段左から右へ「水道」、下段左から右へ「用地」。とおして読むと「水道用地」、上水道を流しているという印です。
1年前の4月にここを訪れたときの写真と比べたら頭頂部の赤が塗り直されていました。もしかするとそのときに側面も磨かれたのかも。摩擦の経年変化で見えなくなったりするので年代物の扱いは気を付けてくださいね(笑)

同じく参道前の通りを東へ(方南町駅方向)行くと、平安時代末の前九年の役の奥州遠征のさい、源義家がその帰路、ここに立ち寄って松に馬の鞍をかけたという伝説の残る場所。松そのものは何代目かですが、いまのこうして大切に史跡として残されています。

源義家ゆかりの史跡、祭馬塔、いずれも古い時代からのもの。この大宮八幡とその参道が古くから栄えていたという証拠でもあるのでしょう。

さて、この日のメインの所用は別にあるので八幡さんへは入らず、次の場所へ向かいます。

続いては堀之内妙法寺。

こちらは日蓮宗の本山の一つで江戸時代は江戸市中からここまで参拝に来られる人が多かったようです。街歩きをしていると「左 ほりのうち」のように刻まれている江戸時代のものと思われる道標を見かけることがあります。

この日は到着したのが17時を越えていて閉門後のため中には入れませんでした。次回にチャレンジ。
こちらでも秋祭りが行われるようで夕方になると浴衣を着た若い女性が道を歩いていました。絵になりますね〜

妙法寺も大宮八幡と同じく門前町が発達していて夕方になったこの時間は地元の買い物客の方々で賑わってました。まだ暑いけど何か秋を感じさせてくれるこういう風景もいいですね。


おまけは、蚕糸の森公園内の施設。バナナの皮シューター、とでもいうべき滑り台。どの皮から降りようかなって迷いそう( ◠‿◠ )


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?