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ショートコメディ『昼下がりの不審者』

「せっかく有給取ったのに全然使い道思いつかねえな……」

公園のベンチに座り苦笑する。

年間の有給休暇が規定の数行かないからと無理矢理有給を取らされたものの、休み慣れていない俺はまったく使い道を思いつかなかった。平日の真昼間に公園のベンチで珈琲を持って佇むことが俺の思いつく最大の有給休暇の有効活用だ。

最近は些細なことで不審者扱いされるがさすがにこれだけで不審者扱いされることはないよな……?

"昼間の公園で20代後半くらいの男性が珈琲を持ってベンチに座っている事案が発生"
なんてことが頭に浮かび慌てて首を振る。

ぼんやりと前を見ていると小学校が終わったのか子供達が騒いでいた。

「おれ虹見たことあるんだぜ」

「えぇ、いいなー」

「ぼくも見てみたいなー」

どうやら虹を見たことがあるか無いかの話をしているようだ。

「よし」と俺はベンチを立ち上がる。

昼下がりの不審者から優しいお兄さんにジョブチェンジしてやろうじゃないか。

「よお、君ら虹が見たいんだって?お兄さんに任せてみな」

そう言って子供達に声をかける。

さすがに初対面の大人を見て子供達は不審な目を向けるがここではめげない。なんせこれから虹を見せるのだから。

ちょうど後ろには紫陽花が咲いている。紫陽花の前で虹を作るとなかなか良い絵になるだろう。

そう思い俺は珈琲を口に含みしゃがんで上を向く。

本当は霧吹きに水を入れて太陽の光を当てるのが一番良いのだろうが今はこれしか準備ができないから少し絵面は汚くなるがそこは少し我慢してもらおう。

しゃがむことで紫陽花の花の前の虹が良く見えるだろうと粋な計らいもして、いよいよ虹を作るために口に含んだ珈琲を吹く。

俺はブーッと勢いよく口から珈琲を吹き出した。しかし悲しいかな、一口分の水分では虹はできなかった。ただただ口から出した珈琲が俺に降りかかってくるだけであった。

いよいよ子供達は俺のことを不審な目で見る。

子供達の目の前には自分の口から吹いた珈琲で服を汚した大人が一人しゃがんでいた。

"昼間の公園で20代後半くらいの男性が紫陽花の前で自ら珈琲を被る事案が発生"

再び思いついた事案内容にさっきよりも強く首を振る。

これでは正真正銘の不審者ではないか。

俺は逃げるように子供達の前から去り、顔を洗い口をゆすごうと公園に設置してある蛇口ハンドルを捻る。上を向いた蛇口から予想外に水が勢いよく出てしまい俺は思わず「うぉっ」と声を出してしまう。

公園の蛇口って思ったより水が出て結構高い場所まで水柱が出来ちゃうんだよな、なんて考えてると子供達の声が聞こえてくる。

「みて、虹だよ!」

「ほんとだ!」

「あのお兄さんほんとに虹を見せてくれたね!」

なんのことだ、と思い子供達の見つめる先にある、目の前の水道を見ると、勢よく水が出たせいで虹ができていた。

"昼間の公園で20代後半くらいの男性が水道水で虹を作り喜ばせる事案が発生"

まあ、これなら悪くないかな。

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