「自分だけ病」にはなりたくない

フニャフニャの約3日間を過ごしました。
まぁよく泣いたし、消えたいと思ったし、感情の膿みをゲロゲロ吐いたような3日間。

ちょっときちゃない話になりますが、こういう時って自分の管理ができないんです。
シャワーを浴びることも怖くてできなくて、リフレッシュシートで体を拭いたり、洗い流さないシャンプーで頭を拭いたり、ちょっと調子が良くなってきたタイミングでそんなことしてました。

シャワーが怖いというのは、あの狭い空間で気を紛らわすことができなくなるからです。
部屋に居れば、本棚もあってスマホもあって、グルグル飲み込まれそうな時に、気を紛らわせることができるんですよね。まぁ本なんて読めないので、タイトルを眺めているだけですが、それだけでも全然違う。

だけど、シャワーを浴びている最中は、自分の思考だけになります。それが怖い。
だからシャワーが怖くなってきたら、調子悪くなるサイン。

わたしは「自分だけ病」にかかるのがとても嫌なんです。
「自分だけ」辛い。
「自分だけ」しんどい。
「自分だけ」大変な目にあっている。
絶対にそう思いたくないし、実際にそうじゃない。
悲劇のヒロインみたいな風になりたくないし、おこがましいし、人をバカにしているような気がして、これだけはずっと頑なに守ってきた信念の一つ。

鬱状態になった時、その境界線があやふやになるのです。
あぁ辛い、あぁもうやだ、なんで自分だけ・・・いやいや違う、わたしだけじゃない、あぶないあぶない。

ここら辺をさまよいます。でもしんどさから涙が止まらない。
だけどこの境界線は守りたい。
だってみんな辛いこといっぱいあるじゃん。
それを乗り越えられないのは、わたしが弱いからじゃないのか。

そうこうしていると、自分と世界の境界線まであやふやになってくるんです。
そして、わたしいらないなっていう結論にたどり着きます。
いろんな道を進むんだけど、結局ゴールはそこ。

まぁ堂々巡りなんです。考えても仕方のないことの堂々巡り。

そうそう、こういう時に飴ちゃんがあるといいなって思いました。
甘い粒をなめていると、いくらか気持ちが和らぎそう。
パイン飴か、バター飴だな。今度買う。大人買いする。

こうやってnoteに気持ちを書くだけでも、とてもスッキリするんです。
自己満足のために書いているのに、たまに誰かがかまってくれたりして、ムフフ。
でもこうやって公開してるってことは、誰かに聞いて欲しいっていうことなのかもしれないですね。ま、いっか。

自己表現って、そもそもそういうことなのでは、と思います。
誰かにこの声が届けばいいなって思う。
海に手紙を入れたボトルを流すやつ、あれに似てます。わたしの場合は。

今はTwitterやインスタやYouTube、他にもいろんなところで発信できて、悪い面もあるのが残念だけど、また昔とは違った豊かさの自己表現。
どっちがいいとかの話ではなく、人となりを見るのは楽しいってことです。
ダダ漏れも垂れ流しも、おもしろいと思う。

ちなみに、お腹を壊したのですが、正露丸飲んだら1発で治りました。
やっぱり正露丸って最強の薬だなぁ。
最近は裏切って糖衣錠にしちゃってるけど、そろそろありのままのキミを受け入れようと思う。
黒くて臭いやつ。
なんだかんだ言って、臭いのが一番効くんです。

今度鬱状態になって、シャワーを浴びれなくなったら、拭いたりせずにありのままの自分で居てみようかな。
臭い自分を受け入れようと思う。大丈夫、大人だから。