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人に無理をさせることが、働くということなのか

昔アルバイトしていた飲食店にTさんというおじさんがいました。

わたしはTさんと話すのが楽しくて、よく喋っていたのですが、Tさんには奥さんと生まれたばかりの赤ちゃんがいました。
お子さんのことを話すときは親バカ丸出しで、そんなところも好きでした。

詳しくは聞かなかったのですが、Tさんは精神疾患(おそらく鬱)を持っていて、過去に1年間休職していたことがあったとご本人から聞きました。
仕事の忙しさ、プレッシャー、いろんなことが重なり、発病したらしいのです。
今はもうだいぶ落ち着いてきたけど、お守りがわりに薬を持ち歩いているよ、と話してくれました。

でも仕事に復帰したとはいえ、調子が悪い日だってあります。
そういうときは朝イチでお休みするという電話がかかってきていました。
そんな日の、みんなの風当たりの強さ。

「また休みだって。人が足りなくなっちゃうじゃんー」
「休み多いね。その分こっちに負担がまわってくるのに」

なんで?休むことがそんなに悪いことなの・・・?
なにがあっても無理して出社しろってことなの?
車に轢かれても、通り魔にあっても、会社に来いってことなの?

わたしはそんな空気が大嫌いでした。

そして次の日、Tさんが出社すると、
「昨日はご迷惑かけました」
ってみんなに謝るのです。
体調が悪いから仕事を休んだのに、そんな当たり前のことで謝らなければいけない。
理不尽だと思いました。

人件費を削って利益を出す。その分一人一人の作業面での負担が大きくなる。
だから体調を壊す人も出てくるし、なにかあった時に対応できないし、もともと負担が大きいところに、休む人が出てくるとますます個人の負担が増える。
そしていつの間にか、休む人=悪い人、そんな方程式が出来上がるのです。

飲食店はそういうことが多く(全部がそうじゃないよ!)わたしは謝っているTさんを見ながら、この世界は歪んでいると思っていました。

「Tさん、謝らなくてもいいんじゃないですか?だって体調が悪いんだから、仕方ないことじゃないですか。Tさんが悪いわけじゃないのに」
わたしはしょっちゅう言ってました。

ある日、Tさんがわたしに言います。

「あゆみちゃん、無理して働く必要はないんだからね。自分になにかあったときに、守ってくれるのは会社じゃない。自分で守らなきゃいけないんだよ。だから無理は絶対にだめ」

わたしはその時に、Tさんは全部分かっているんだと思いました。

休むことで自分がどう思われるのか、なんで謝らなくてはいけないのか。
そういった風当たりを全部まるっと飲み込んだ上で、働いていること。

だからTさんはちゃんと休むし、引け目を感じて謝っているのではなく、自分を守るために謝っているんだということ。

この歪んだ世界では生きてなかったんです、Tさんは。

すごく大人で、みんなより、わたしより、一つ上の世界で生きているんだって思いました。
わたしはそんなTさんがとてもかっこいいと思う。

無理を重ねながら、自分に鞭打って働き続けて、その先にあるものはなんなんだろう。
養っている家族の幸せ?自分が食べていくために?

限界をはるかに越えているところで、毎日必死に働いているお父さんを見て、家族は幸せだと思うのだろうか。生き生きとしたお父さんを見ている方が、幸せなんじゃないか。
無理して働くことが、本当に自分のためになるのだろうか。
人に無理をさせることが、働くということなのか。

わたしも歪んだ世界で生きていました。Tさんのように強くなれなかった。


ちなみにTさんは、普段は優しいけど怒ると殺し屋の目になります。もうホント怖いんだから!わたしも怒られてたー。
でも、そんなところも好きでした。

今、Tさんに会ったら、
「Tさーん!ちょっと無理しちゃったよー!」
「だーからダメだって言ったでしょ!」
こんな会話になりそうです。あ、殺し屋の目で言われたら怖いな・・・。

Tさんは今もどこかで、みんなより一つ上の世界で働いていると思います。
お子さんもだいぶ大きくなっていると思うし、元気でいるといいな。