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言語聴覚士から見た、2〜4歳で気づきたい「子どもの課題」【Vol.11】言語聴覚士 遠藤さん

言語聴覚士。ことばによるコミュニケーションに難がある方に専門的サービスを提供し、自分らしい生活を構築できるよう支援する専門職である。

小さな子どもをもつ親は「子どもがなかなか言葉を話さない」「特定の発音が難しい」など、言語発達に課題や不安を感じたとき、彼らの支援を受けたくなるだろう。

しかし残念ながら、生活圏内でアクセスできる小児分野の言語聴覚士は非常に少ない。

そこでこの連載では、小児分野の言語聴覚士やその育成に関わる方に話を伺い、子どもの言語発達に関するトピックや、言語聴覚士としての活動内容などを紹介する。

子どもの言語発達に悩むすべての人に、この記事が届きますように。


今回お話を伺ったのは、埼玉県の小児専門病院で働く、遠藤俊介さんです。子どもの言語能力が大きく発達する時期に違和感を感じたらどうすればよいのか、療育に抵抗がある場合にはどう捉えたらよいのか、などについてうかがいました。

言語聴覚士 遠藤俊介(えんどう・しゅんすけ)さん

埼玉県立小児医療センター 保健発達部 言語聴覚士。大学で特別支援教育を学んだ後、児童指導員を経てSTになる。福祉分野で発達障害児の地域支援に携わったあと「ちょっとだけ医療ものぞいてみたいな」と思い現所属に勤務してそのまま10年以上。目標は、地域に根差した「ことばや発達の相談ができるおっちゃん」。NPO法人どこでもことばドア理事。武蔵野大学非常勤講師。

発語のない子どもと接し「なんとか言葉を出せないか…」と言語聴覚士に

——はじめに、遠藤さんが言語聴覚士になった経緯や、小児分野で働こうと思った理由を教えてください。

遠藤さん(以下略):

私は小学校教諭を目指して教育系の大学に通っていましたが、学んでいく中で、教員として働くのは合わないかもしれない、と感じてしまいます。しかし子どもに関わる仕事に就きたかったので、大学卒業後は知的障害や発達障害のある子どもが入所する施設に指導員として就職しました。

その入所施設では、重い知的障害や発達障害のある子どもと関わり、朝起こしてご飯を食べさせ、学校へ送り出して……といった、生活支援を行っていました。大変な職場ではあったのですが、私はとても充実した日々を過ごしていました。

その中で、かなり重度の障害があり発語のない子どもを担当していたときに「なんとか言葉を出せないかな」と思って。そこで仕事を休んで言語聴覚士の養成校に通い、資格を取得してまた職場に復帰しました。復帰後は指導員としてだけでなく、言語聴覚士として発達相談も担当していましたね。

その後、医療業界でも経験を積もうと思って現在の小児専門病院へ転職しました。本当は2〜3年したら地域の療育施設に戻ろうと考えていたものの、縁あってまだ病院にいます。

みるべきポイントは、耳や口の異常や人との繋がり方

——言葉が多く出始める2〜4歳の子どもを育てているとき、どういう特徴やしぐさがあったら、発達相談を受けたほうがよいのでしょうか。

発達相談や療育施設に繋がったほうがよいケースは多様なので、参考程度に捉えてもらう前提でお話ししますね。

まず、難聴や口腔内の器質的な異常がある場合は、早めに医療に繋がってほしいと思います。

難聴は、基本的に新生児聴覚スクリーニングで発見していますが、まれに見逃されていることや、徐々に聴力が落ちることがあります。「うちの子ども、聞こえが悪いかも?」と思ったら、耳鼻科の先生に相談してみましょう。

また発語はあるものの、子音が出ず母音だけで話していたり、フガフガするような話し方だったりすると、口腔内の異常がある可能性があります。

口腔系の疾患だと、上唇や上あごに割れがみられる「口唇口蓋裂」がありますが、実は「粘膜下口蓋裂」という、見た目では分かりにくい疾患もあるんです。発音がおかしいかも…と思ったら、念のため、歯科や耳鼻科の先生に相談してみましょう。

——耳や口に異常がなさそうな場合、他に気をつけたほうがよいことを教えてください。

耳や口に異常がなくても、発語が遅れていたり、大人の指示がまったく通らなかったりすると、発達障害を検討し始めると思います。

この際にまずチェックするのは、人との繋がり方です。そのお子さんが自分から、相手と一緒に何らかのストーリーを作って遊ぼうとしているか、相手と一緒に何かを作り上げようとしているのかをみます。

少なくとも、保護者と「これ、できた!」という感じのコミュニケーションや、遊びの内容を保護者にシェアして楽しむ様子があるか。遊びそのものよりも人と繋がることを楽しんでいるか、が重要だと思っています。

また、親子で相談に来た際には、お子さんと保護者との関係性や、保護者がそのお子さんをどう捉えているのかもみています。お父さん・お母さんがそのお子さんを育てていて楽しいと思えているのか、自分のイメージとは違う育ち方や動きをしていてつらいのか。むしろ、こうした保護者の気持ちのほうが相談のポイントになるかもしれません。

保護者は「具体的なアドバイス」を求めている

——病院にはさまざまな親子が相談に来ると思いますが、比較的多い相談事例を教えていただけますか。

例えば、発語がない1歳半の男児を育てていたとします。言葉が遅いことを健診で相談したけれど「男の子は言葉が遅い子もいるし、個人差も大きい年齢だから、様子をみて大丈夫」と言われました。2歳になってもう一度相談に行っても「個人差があるから大丈夫。たくさん言葉がけをしてね」と言われてしまいます。

お母さんは「私の育て方が悪いのかな」と思いながら、がんばって言葉がけをするけれど、なかなか言葉が出ない状態です。こういった人がうちの病院に「みてもらえますか?」と問い合わせてくるケースは少なくありません。

保護者に対して「様子をみましょう」「言葉がけをしましょう」という話だけでは、不十分だと思います。私はこうした親子が相談に来たときは、子どもがどれくらい状況を分かっているのかや、保護者の言葉がお子さんに入りそうなタイミングなどをお伝えしています。すると保護者は安心しますし、張り詰めていたものが解けて泣いてしまうこともあります。

お子さんのことを心配して積極的に相談先を探す保護者は、すでにがんばって子育てしているので、一生懸命に言葉がけをしている方が多いです。だからこそ、お子さんに適した言葉がけの方法や関わり方を具体的に助言してあげたいと思います。

例としては、インリアルアプローチ¹(子どもの様子をよく観察し、子どもの気持ちや行動を言葉にして、言葉を育てる手法)や、トイトーク²(名詞と動詞を意識した言葉がけで子どもの文表出を伸ばすもの)などがあります。

※インリアルアプローチ、トイトークの参考文献は、記事の最後に掲載しています。

「療育=丁寧に配慮された子育て」は、療育施設以外でもできる

——子どもの発達に気になることがあっても、発達相談にハードルを感じてしまう保護者もいると思います。どんな心持ちで相談に行ったらよいのでしょうか。

発達相談はお子さんに何かのレッテルを貼るものではありません。また、お子さんが人と繋がることを苦手としていても、それ自体は悪いことではないんです。

ただ、そうしたお子さんにどう関わっていけばお互いに楽しく子育てができるか、ということをお伝えしています。だから、あまり構えずに相談に行ってほしいと感じますね。

——その一方で「発達の遅れがあるなら、療育に繋がらなければ!」と強く思う保護者もいるかもしれません。療育に対する捉え方も教えていただけますか。

これは個人的な考えではありますが……。

保護者がお子さんの発達を気にして、療育というものを知ったとき「まず療育に通わせよう」と思うかもしれません。

でも私が保護者にいつも伝えているのは、療育に通うことでお子さんの言語能力がぐっと伸びるわけではないこと、そして言葉は大人が教えるものではなく、お子さんがつかみ取っていくものだということです。

そもそも療育は「丁寧に配慮された子育て」という意味があります。つまり、お子さんに合わせた丁寧な子育て=療育ができるのは、療育施設だけではないんです。

もっと言うと、週1回・1時間程度の言語訓練をすることよりも、日々の家庭生活や保育園・幼稚園での生活の質が高まり、楽しいものになることのほうがずっと大切です。

もしお子さんが保育園や幼稚園で怒られてばかりで、毎日がつまらなかったり、先生やお友達と関わろうとする意欲をなくしてしまったりしたら、それは言葉を獲得するチャンスを減らしてしまいます。また、自信をなくして自分自身のことがどうでもよくなっていたら、その子の発達を促す機会も減らしてしまうかもしれないのです。

だから、どうやったらお子さんの生活が楽しくなり、言葉をつかみ取りにいくようになれるのかを一緒に考えます。

逆に、お子さんがとても楽しく生活している様子だったら「このままでいいと思いますよ」と保護者に声がけするのも、私の仕事のひとつだと思っています。

地域に小児の言語聴覚士をもっと増やしたい

——遠藤さんの今後の展望について教えてください。

仲間の言語聴覚士が「患者さんからもらった言葉の中で一番嬉しかったのは『もう先生のところに行かなくても大丈夫』だった」と話していました。私もそれに強く同感します。

人間は言葉と一生付き合い、生涯発達していきますが、ある時点で療育から上手に卒業するのが大切だと思うんです。

これまでの患者さんを見ていて、困ったときに相談する場がない人は卒業しにくいと感じます。地域にもっと、気軽に相談できる言語聴覚士がいたらよいですよね。小児分野の言語聴覚士はなかなか少ないですが、地域での受け皿を増やしていきたいです。

それから、日本コミュニケーション障害学会の分科会から派生した『どこでもことばドア』というNPOの活動にも力を入れています。

ここでは純粋な「言語発達障害」に関する研究を行っているのですが、日本ではまだまだ発展途上の分野です。また、小児分野の言語聴覚士は非常に少ないので、団体内でメンターシップ制度を設けて、子どもをみられる言語聴覚士をもっと増やしたいとも考えています。

この団体に参加してくれる言語聴覚士も絶賛募集していますので、興味をもった言語聴覚士はぜひ問い合わせていただけたら嬉しいです。

——最後に、子どもの言語発達に悩む親御さんへ向けて、メッセージをお願いします。

発達に悩んだとしても、気負って特別なことをするのではなく、日々の生活をお子さんと一緒に楽しむとよいのではないでしょうか。子どもに教えるという姿勢ではなく、「今日は一緒にこれで遊ぼうか」などと、共に生活を楽しめたらよいと思います。

そんな余裕をもつために私たち専門家がいますので、必要なときに頼ってもらえたら嬉しいです。

参考文献

1)インリアル・アプローチ
竹田契一・里見恵子.(1994)インリアル・アプローチ−子どもとの豊かなコミュニケーションを築く.日本文化科学社.

2)トイトーク
(保護者の方向け資料)

(専門職向け資料)遠藤俊介・田中裕美子(2022) 日本語版トイトーク(Toy Talk)による保護者指導の効果−保護者の言葉かけの変化と子どもの文の発達に関する予備的研究−.コミュニケーション障害学,39.131-142.

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