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【発達障害と診断されるまで~中学でのいじめ】

(中高生時代の話がすっかり抜け落ちていたので、少しずつ埋めていこうと思いますw)

 中学時代は、私の人生の中で最も賢く、最も真面目な時代でした。

 当時の中学校には、当然のように理不尽な校則が山ほどありました。
 自閉症スペクトラムあるあるだと思うのですが、目の前に書いてある具体的な指示には従わずにいられず、校則を120%守っていました。周りのクラスメートで守っていない人がいたら、許せなくて注意してしまうような、面倒なクソ真面目生徒でした。

 そういうことを良しとしないクラスメートは当然存在して、クラスのヤンチャ男子ともめにもめてしまいました。

 その結果、その男子とその周辺の男子たちからいじめられるようになりました。
 にらまれる、絡まれる、くらいならまだ良かったのですが、物はなくなる、壊される、椅子の上に画びょう撒かれるなどどんどん激しくなっていきました。

 クソ真面目で成績は常にクラストップだった私は、担任には必要以上に気に入られてしまい、それがまた男子たちには火に油を注ぐことになりました。 

 中学1年の梅雨ごろから始まったいじめは、その年の秋ごろまで続きました。

 毎朝目が覚めると、生きている自分に愕然とし、学校に行かなければならない恐怖と戦っていました。当時の私には不登校という選択肢はなく、学校は「どんなことがあっても行かなければならない場所」でした。

 死ぬことを望んだ最初だと思います。

 秋ごろ、決死の覚悟で担任に現状を相談しました。

 担任は授業を自習にし、その男子を廊下に呼びつけて…当時まだ体罰が当たり前だった頃なので、廊下から激しい怒声と男子の倒れる音が聞こえてきていました。

 それ以降、いじめは、にらまれる程度に収まりました。

 その頃のことがトラウマになり、私は男子恐怖症になりました。
 学ラン男子を見ると、当時のことがフラッシュバックして思い出されることがずっと続いていました。息子氏が中学生の頃、中学校に行って男子の集団を見るたびに、半泣きになっていたくらいです。

続きはまた次回^^
わからないところや聞いてみたいことがありましたら、お気軽にコメントください。大喜びでお返事させて頂きます♪


以上、発達障害~母ごころ当事者ごころのあゆでした(*'ω'*)


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