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江神二郎に恋をした記録「月光ゲーム Yの悲劇'88」(有栖川有栖)感想

風邪をひいたみたいにポーッとしている。秋の夜風が気持ちよく感じるくらいの、ほろ酔い気分ともいえる。

有栖川有栖のデビュー作にして、名探偵江神二郎が世に放たれた1冊「月光ゲーム Yの悲劇'88」を読んだ。通称、学生アリスシリーズの1弾目。

新本格派として国内ミステリーを牽引する有栖川有栖氏の人気シリーズは、大きくふたつある。英都大学推理小説研究会部長の江神二郎を探偵役とする学生アリスシリーズと、臨床犯罪心理学者の火村英夫が探偵役の作家アリスシリーズだ。

●●アリスシリーズとつくのは、いずれの作品も語り部兼ワトソン役が、作者と同名の有栖川有栖(ありすがわ・ありす/通称アリス)で、学生か推理小説家という違いがあるから。ちなみに両者は完全なパラレルワールドである。

江神と火村。両者は有栖川有栖が創造した2大名探偵。であるが、シリーズ巻が圧倒的に多いのは作家アリスシリーズだ。

学生アリス、すなわち江神シリーズがデビュー作ではあるのだが、主要登場人物たちが学生であるため、時間の流れを考えると長く続けることが難しく(実際、1作ずつ登場人物たちの年が上がっていく)、新たな名探偵として火村が生まれた…とかなんとか、どこかで読んだ記憶がある。

ならば、長く楽しめるほうを、と私の有栖川作品の入り口は、作家アリスシリーズだった。過去のnoteで少し触れたが、もうキャラクター萌えしてドハマりである。

「自分も人を殺したいと思ったことがあるから」という理由から、学者という立場で殺人事件の捜査協力をするようになった火村。皮肉っぽい性格とバックグラウンドに闇を感じさせる人物像に、私の中二心はいたく刺激された。

軽口を叩きながらも、そんな友人のことを支えたいと思っているアリスの愛情も沁みる。大人になっても続く友情とやらに、私は弱い。

そんななか、学生アリスシリーズを読んでみようと思ったのが、書店で見かけた「江神二郎の洞察」の帯だ。

「うちにくるか?」そう誘ってくれた江神さんとの出会い。

どういうことかとあらすじを調べてみると、サークル勧誘で賑わう春の大学。アリスがぶつかってしまった男が本を落とす。拾い上げてみると、それはアリスの愛読書である「虚無の供物」。

「中井英夫が好き?」
「最高です」
「うちにくるか?」

彼は脇に丸めて抱えていた紙を開いて見せた。運命なり。そのポスターには、

部員求む。推理小説研究会

うっかりぶつかって、「虚無の供物」でつながる。なんだそのベタで羨ましいシチュエーションは。

「江神二郎の洞察」は短編集で、どちらかというと盗難騒ぎや幽霊の噂を解く、といった日常の謎を追うほっこり(?)とした内容がメインだ。時系列的に長編シリーズ1作目より後の話で、遭遇してしまった殺人事件のショックから立ち直れていないアリスを、江神や推理小説研究会の先輩たちが励まそうとする、という内容がちらつく。

もちろんネタバレのない範囲で、におわせる程度だから、もう何があったのか気になって仕方がない。こりゃもう読むしかないなと「月光ゲーム」を手に取ったわけだ。

本作をざっくり説明すると、推理小説研究会の夏合宿で訪れた山が噴火。キャンプ場で他大学の学生たちと遭難しているところ、連続殺人事件が起こる、というクローズド・サークルもの。

そもそもミステリなんだから人が死ぬ、というのは大前提で手にとっていたはずなのに、初日の飯盒炊飯やキャンプファイヤーの和気あいあいとした様子、芽生える淡い恋心…。え、誰も死んでほしくないんですけど。というくらい、青春のみずみずしさに心が浄化される。

しかし学生たちをまず襲うのは、山の噴火である。たちまち帰路は塞がれ、陸の孤島と化してしまう。正直わざわざ犯人が殺さなくても、噴火で全滅してもおかしくない緊迫感だ。

だからだろうか。冷静にみんなをリードし、あまつさえ殺人事件の真相を解き明かした江神さんの格好よさったら。本を読み終えたあと、わたしはぽーっとしてしまった。

いや吊り橋効果なんてなくても、好きになるには魅力の多い人だ。火村と同じく過去が謎に包まれていて、アリスが知ろうとしてもやんわり、優しい膜で隠してしまう。突然、いなくなってしまうんじゃないかという危うさがあって、目が離せない。

ああ、早く次作が読みたい。書店に行ける週末が待ち遠しい。

気を紛らすために、SNSでエゴサーチならぬ江神サーチをしていたところ、「終わってほしくないから最新のシリーズ長編が読めない。けど、江神さんの年を超えるまでには読みたい」というのがあった。完全に同意だ。

いや、私は完全に江神さん(27かな?)の年齢超えてますけど。気分は憧れの先輩を慕う新入生である。


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