見出し画像

いいものを読むことは書くことよ。不穏とミステリ三昧 #2021年上半期の本ベスト約10冊

Twitterで #2021年上半期の本ベスト約10冊 というハッシュタグを見かけて、「自分は」と振り替えってみた。

マイベストを約10冊に絞り込む作業というのは、なかなか面白い。夢中、といっていいほどアレはコレはと記憶を辿って、今年の上半期はかなりディープで満足のいく読書生活だったな、と嬉しくなった。

今年は1年のはじまりに、スロー・リーディングに取り組むという抱負を立てた。

たとえ速読ができても、世の中すべての本を手に取って読めるほど、人生は長くない。今年の私は、出会い、手元にやってきた1冊、1冊の本を、腰を据えてじっくりと味わいたい、と願っている。

書店の新刊コーナーへ向かうと、どうしても手当たり次第欲しくなる。そこで今年は「いつか読みたい」と思っていた名作や定番を手に取るようにした。

長年愛され続けてきている作品だから、好き嫌いはあっても駄作はないだろう…なんて打算があったのだけど、今はその気持ちがちょっと恥ずかしい。なぜ私は、今までこれを「いつか読もう」で済ませてきてしまったのだろう。

ようやく11冊に絞り込んだ上半期マイベスト本について、どれも思い入れが深すぎて語りたくなった。とてもじゃないが、この11冊に順位はつけられない。作者五十音順で記していくことにする。

(なんだか生真面目な導入になってしまったけど、途中でだんだん地が出てくるよ…!)

「そして誰もいなくなった」アガサ・クリスティー

もうミステリの超名作といったらコレでしょう。名前だけはずっと知っていて、読んでみて「こんな話だったとは」と驚いた。世間から遮断された孤島、童謡になぞられた連続殺人、驚きの真犯人!

今となっては珍しくない設定だけど、これから先もずっと色褪せようがない“オリジナル”の風格があった。誤読のしようがないシンプルさと、大胆な仕掛け。ここから慣れ親しんだ多くのミステリが派生したのかと思うと鳥肌が立つ。

平坦な文章でサクサク読めたのも嬉しい誤算。古い作品は読みづらい、と勝手に思い込んでいた。

最初は怒濤の勢いで次から次に登場人物の視点が切り替わるから、巻頭の登場人物リストと本文を行ったり来たりしたけど、読み終えて思うのは書き分けがすごすぎるってこと。ミステリだから人間そのものには重きが置かれていなくて(主役は謎そのもの)、駒のようにパタリパタリと死んでいく存在だけど、その中でもひとりひとりに特徴があった。

真犯人が分かってしまえば、もう2度は楽しめない。…なんてことはなくて、大好きな絵柄が出てくるパズルみたいに、何度でも広げて挑戦したくなる。

「蒼ざめた馬」アガサ・クリスティー

「そして誰もいなくなった」の巻末にあった“オカルティズムに満ちた~”という紹介文に惹かれて手にした1冊。「蒼ざめた馬」ってタイトルから漂う不穏な感じも私好み。実際、これから読み増えていくだろうアガサ作品のなかで、それでも好きな作品上位に食い込み続けるであろう確信がある。

本作のテーマは、呪いによる殺し。きっかけは殺された神父が持っていた人名リストで、その人たちを調べてみると、みんな直近で死んでいる。単なる病死のように思われるんだけど、実は「蒼ざめた馬」という館に住む3人の魔女たちが呪ったせいだということが分かってくる。

これはミステリーだと分かっているのに、最後まで「これは呪いしかありえない」という奇妙な展開の連続。「どういうことだ?」と、自分が物語の一員になったみたいに頭をフル回転させながら読んだ。最後に真相が明かされたときの安堵感たるや。

いやそんな呪いなんてあるわけないじゃん…って理性と、いやもうそれしか考えられないじゃん!って感情のぶつかり合い。その葛藤を起こさせるアガサ・クリスティーの筆力、恐るべし。

「46番目の密室」有栖川有栖

これについては、もう自分に謝罪する。分かってじゃん。絶対私好きなやつって分かっていたのに、随分と読むまで焦らしたね。

本作は、犯罪社会学者火村が探偵役、同い年の作家、有栖川(通称、アリス)が助手を務める人気シリーズの1作目。探偵と助手のコミカルなやりとりと、不可解な殺人事件の組み合わせ、とてもよき。もう好き。しかもアリスが私の大好きな関西弁を話すからもっと好き。

ミステリーの王道をいくシチュエーションもいい。舞台はクリスマスシーズン、重鎮の別荘に招かれたミステリー作家たち。和やかなようでいて、どこかピリッとした聖なる夜が明けると、顔を焼かれた死体がひとつ。人気のないはずの別荘の近くには、不気味な人影。

ミステリとしてはもちろん、ヲタク的に愛でたくなる作品。好きなんだよ、コンビもの。

「スウェーデン館の謎」有栖川有栖

火村&有栖川シリーズの長編ミステリ。「46番目の密室」の時点で好きだなと思っていたんだけど、本作を読んで深い沼を覚悟した。

本作は、小説のロケハンで福島の裏磐梯(うらばんだい)を訪ねていたアリスが殺人事件に巻き込まれる、というもの。犯行時に積もっていた雪に足跡が残っていないという密室の謎を、アリスのSOSで飛んできた火村が解き明かす。

まずこの事件、最初から悲しい結末の予感しかしない。スウェーデン館には、愛らしい少年の両親が住んでいる。その少年は、不運の事故で亡くなっている。立ち直ろうとする両親に、さらなる悲劇のような殺人事件。

どんな結末が待っていようと、真実を解くのが探偵の役割。「人を殺したいと思ったことがあるから」という理由で犯罪社会学者になった火村は、人を殺して逃げようとする犯人に容赦がない。その信念は危なっかしくて、友人のアリスも案じている。

そんな火村が、そんな火村だからこそ、今回の真犯人に語った言葉は熱く、胸を打つ。彼はどんな思いで、犯罪に立ち向かっているのか。その一端が垣間見えた今、この沼を引き返す必要がどこにあるだろうか。いや、ない。

「九尾の猫」エラリイ・クイーン

アガサを読んだんだから、クイーンもいっとこうと安易に手にした1冊。クイーンの作品はこの1冊しか読んでいないから、大層なことは言えないけれど、ミステリの枠では計れない原始的な怖さがじとりと迫ってきた。

ニューヨーク全体を恐怖に陥れる連続殺人事件が発生。通称“猫”と呼ばれる犯人は証拠を一切残さず、無差別に犯行を重ねていく。この犯人を探偵のエラリイが追う、という内容なんだけど、謎よりまず猫によってパニックに陥っていく民衆の様子にぞっとした。集団として、個として、恐怖に絡めとられていく人の心理が巧みに描かれていて、ミステリとして謎解きに挑んだ爽快感より、文学を読んだような重厚感が胸に残った。

名作の探偵、というとスーパーヒーローのようなイメージがあったけど、猫に翻弄され、苦しみ、地道に捜査して真相に近づいていくエラリイの姿は、どこまでも生身の人間に近い。限りなく現実に近い別世界をさ迷ったみたいな作品で、体力はいるけど、その分読み通した後にそれが血肉に変わっている。

「禁じられた楽園」恩田陸

今回の10冊を選びきった! と思ったあとに思い出して、どれも外せないけどこれを漏らすこともできない…となった1冊。この本、読み終わってからのほうが、ボディーブローのように恐怖が効いてきて、忘れがたい1冊になっている。

本作は、平凡な大学生が若き天才芸術家に招かれた山奥でインスタレーション・アート(体験型の芸術作品)に取り組む、という幻想ホラー。不可思議な芸術作品のなかに迷い込み、悪夢のような体験をするっていう…読んでいるときより、思い出すときのほうが怖さが倍増していて、人の想像力を刺激する作品。

正直、読んでいるあいだは特別思い入れを感じる作品じゃなかったんだけど、今となってはこの本自体がもつ禍々しさに取りつかれてしまったという感じがする。手放せない。悪夢を所有した感覚。

「三月は深き紅の淵を」恩田陸

上半期と言わず、人生のマイベスト10に入るのではないか。それくらい好き。本作は“三月は深き紅の淵を”という幻の本を巡る4部作の物語で、読み終わったあとの神秘的な感覚が忘れられない。

この興奮を、どう伝えればいいだろう。限りなく本と現実の境目がなくなって、どろどろに溶けていく感じ。へぇ、そんな幻の本があるなら、読んでみたいなと興味をそそられて、途中で気づく、今、私が手にしているのって…?

そして本作は、本を巡る物語ということもあって、編集者や書き手の想いみたいなものが綴られている。この一節がこの本のすべてとは言わないけど、選ばずにはいられない理由には十分だから、引用して紹介を終わる。

いいものを読むことは書くことよ。うんといい小説を読むとね、行間の奥の方に、自分がいつか書くはずのもう一つの小説が見えるような気がすることってない? それが見えると、あたし、ああ、あたしも読みながら書いてるんだなあって思う。逆に、そういう小説が透けて見える小説が、あたしにとってはいい小説なのよね

「薔薇のなかの蛇」恩田陸

今年の5月末に発売された理瀬シリーズ新刊。シリーズといっても、どれも独立した作品として読むことができる。この作品については、読んですぐの興奮をそのままnoteにしたものがあるので、もう正直吐き出した感はあるのだけど、

おもしろい物語には2種類あると思っていて、ひとつは読み終わるのがもったいなくて、時間をかけて味わうように読みたくなるやつ。そしてもうひとつが、いつのまにか引き込まれて、時間を忘れて読み耽ってしまうもの。

本作は断然後者。霧。からはじまる序文でいつの間にか物語のなかを歩き始めている。英国の遺跡で、供物のように置かれた胴体が真っ二つの猟奇死体。後ろぐらい過去に彩られた一族で起こる不穏な事件。そこに悠然と存在する、禍々しい美しさの少女、リセ。

英国、薔薇、不穏、美、猟奇的な死体! もう端的に言えば、私の性癖に突き刺さった。ドストライク。

「虚無への供物」中井英夫

私的「いつか読もう」でずっと上位だった1冊、満を持して。

日本の探偵小説で三大奇書に数えられ、私が敬愛する数々の作家が影響を受けた1冊として挙げていたり、オマージュを捧げていたり。たしか恩田陸は、どこかで本作を「艶っぽい作品」「時々、読み返したくなる」と言っていたっけ。

本作はあらすじを辿る紹介をしても、無意味という感じがする。悲劇的な一族に降りかかる連続殺人を、我こそはと素人探偵たちが推理合戦を繰り広げる。ただそれだけと言ってしまえば、それだけで、過激や色っぽいシーンは皆無。なのに手にとる度、背徳的な気分にさせられる。親から読んではいけませんと禁じられた本を、こっそり開くみたいな。

そしてなんとも、美しいのだ。文面から立ち上る、作品そのものの美。私のなかでは白いような、灰のような、暗い水色のイメージで、雪とか森のなかの湖を連想させる静謐な美しさ。本は嗜好品として、消耗していく存在ではない。人の命より長く、悠然とあり続ける未知の存在。そんな感慨に浸る。

「極め道」三浦しをん

数々の爆笑エッセイを世に送り出す三浦しをんのエッセイ本処女作。彼女の小説はそこそこ読んできたけど、何よりもエッセイが好きだ。女性誌のBAILAで連載中のエッセイを初めて読んだとき、笑いすぎて号泣した。文章でこんなに笑えるなんて知らなかった。それくらいの衝撃で、今ではすっかりエッセイといえば三浦しをんだ。

どうせなら、初期のエッセイから読んでいこうということで手に取った「極め道」。直近のエッセイに比べると、やはり粗削りで体当たりのような赤裸々エピソードが多く、笑えるどころかちょっと引いてしまう内容もあった。

初めて彼女のエッセイを読んでみようということなら、「のっけから失礼します」や「悶絶スパイラル」を推したい。読書感想noteの参考にしたいなら「三四郎はそれから門を出た」がいいし、お酒が好きなら「黄金の丘で君と転げまわりたいのだ」(ワインの初心者入門エッセイ)なんて最高に笑えて学べる。あ! 三浦しをんがいかにして小説を生み出すのかが分かる「マナーはいらない 小説の書きかた入門」もある。三浦しをんって何者だ!

自分でマイベストにしておいてあれだが、「極め道」を最初に読んで、あらやだ、お下品ね…と嫌いになってしまう人がいるのはイヤだ。絶対にイヤだ。彼女のエッセイがいかに面白く、笑えるかということは、これから積極的に普及していきたい。

「絢爛たる屍」ポピー・Z・ブライト

上半期マイベストのなかで、唯一手元にない小説。エロ・グロ・同性愛とかなり過激な内容で、読書感想ツイートは控えた。けど、このマイベストを思い浮かべた時、2、3冊目にはすでに浮かんでいたから、ここで素直に吐き出したい。

本作は、簡単に言うと2人の連続殺人鬼が出会ってしまった物語。学生時代、すさんだものが読みたいと思って手にとった時は、あまりに気持ち悪くてすぐに読むのを止めてしまった。でもずっとどこかで引っ掛かっていて、今なら読めるのではないかと探してみた(すでに絶版になっていて、入手は難しそうだったので図書館で借りた)。

物語は、ひとりの連続殺人鬼が脱獄するところからはじまって、行く先々で人を殺める。そして行き着いたニューオーリンズで、もうひとりの連続殺人鬼に出会う。ふたりは惹かれ合い、というか、ついに自分を本当に理解してくれる人が現れた喜びに震える。ふたりの共同作業(殺人)のために、ひとりの少年が選ばれる。

もう精神の強度を試されてるんじゃないかってくらいのグロ。私がそういうほうの免疫がないからで、人によっては大したことないレベルかもしれないけど、本当にグロい。でも、先が気になって、止められない。

赤ん坊のように清潔になったわたしたちはベッドに潜り込み、そのままずっと眠りこけた。かたわらに呼吸している身体があることに、互いに狼狽し、慰められながら。

孤独に生きてきた人間同士が(たとえ殺人鬼でも)自分以外の温もりに初めて触れて、戸惑い、怖いけど喜びのほうが上回っていく様子。しかし殺人鬼という生き方に、ハッピーエンドがあるとは思えない。

陰鬱な気持ちで読み進めて、正直、私は結末に納得ができていない。先程紹介した「三月は深き紅の淵を」の言葉を借りるなら、私は行間の奥に、もうひとつの物語を見ているのだと思う。

いいものを読むことは書くことよ。そして書くことは、好きや興味がないと生まれないものだと思う。こんなに長文を書いたのは久しぶりだけど、迷いはなかった。2021年上半期、充実の読書生活でした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?