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致死量の悔恨 第1話 かまくらの中

あらすじ(300文字)
※あらすじは全話終了後に更新します。

 まるでかまくらの中に居るように、外界と遮断されていた。左肩にのしかかる人の様な黒い塊を担いで、啓太郎は闇の中から出ることができるのか。

 付きまとわれたはずの千花が、イチョウに載って晋太郎を追いかける。千花が感じていた「怖い」は、今、晋太郎が感じている怖いになった。晋太郎はこの恐怖から逃げ切ることができるのか。

本文

プロローグ

 「ズー ズー」
 僕、啓太郎(けいたろう)は、吐く息の音で目を覚ました。が、手足が動かない。まるで首から下がセメントで固められているかの様にピクリともしないのだ。だから、黒目だけを動かし、音の方へ目をやった。その瞬間、鼓動が走り、目を大きく見開いてしまった。

 「そんなことがあるなんて。」

 音にはならない大きな声で叫んだ。そう、その横には、人工呼吸器を着けた陽太(ようた)が眠っていたのだった。



 「おんぶしようか?」
 僕の腕と、妻、冬子(ふゆこ)の腕にぶら下がる様に歩く娘の美雪(みゆき)に、声をかける。すると美雪は僕の方を見上げて左肩に視線を送り、大きく首を横に振った。冬子が、
 「おんぶより、ぶら下がるのが好きなのね。」
 と言って、美雪の顔を覗く。この問いにも美雪は首を大きく横に振った。そして、
 「もう誰かいるじゃん。」
 と口を尖らせる。思わず僕は、冬子と目を合わせた。冬子は首を傾けて、僕の左肩に視線を送りながら、
 「どうしたのかしらね。」
 と言った。僕も首を傾げる。そんな2人を見てから美雪は、手を離してメリーゴーランドの方に駆けて行った。だから、僕たち夫婦は、それ以上、気に止めず美雪を追いかけた。

 しかし、この時、気付くべきだった。僕は、忘れてはならないことを忘れてしまっていたのだ。

 美雪が何度もぶら下がったせいか、遊園地に行ったあの日から、左肩に重石が在る様に固い。思わず右手で左肩を揉むが、凝ったような重い感じが治らない。その様子を見た美雪が、僕の真似をして自分の肩を揉む。
 「辞めなさい。変な癖がつくわよ。」
 そう言って冬子が、美雪の右手を左肩から離すと、一層、重たく感じる。だから僕は思わず顔を顰めてしまった。そんな僕の傍に美雪が寄ってきた。そして、
 「これ、誰の手?」
 と言って、僕の左肩に触れた。その時だった、全身をさぁーっと血流が走り、一瞬、荷が降りた感じがした。「あー、抜けた。」と思ったが、美雪が離れてしばらくすると、また重くなった。

 それから数週間後のことだった。その日は1時間に1度は雪かきをしなければ、玄関のドアが開かなくなるほどの大雪が降った。だから僕は、雪かきのために外に出ては戻ることを繰り返していた。繰り返すうちに、肩も腰も重たくなる。久しぶりの雪かきで筋肉痛になったのかと思ったが、肩の痛みは筋肉痛ではなかった。塊が食い込むような痛みだったのだ。力尽きて、玄関に座り込む僕を見て、
 「大丈夫?」
 と顔を覗き込んだ冬子が、その場で腰を抜かしたのだった。
 「誰を背負っているの?」
 と、僕の背中あたりを見て声を震わせて伝えた。僕はとっさに振り向いたが誰もいない。その時、  

 「キャーーー」

 と叫ぶ女の子の声がした。美雪が氷柱を取ろうと、軒下の雪山に登っていたことを思い出した僕は、直ぐに外に出た。案の定、美雪が屋根から落ちた雪に被さって、雪山に埋まりかけている。引っ張り出そうと、背中から持ち上げた時だった。背中に重石が落ちたように動くことが出来なくなったのだ。美雪を左腕で抱える態勢のまま、押しつぶされた僕は、暫し意識を失った。

 まるで何かに包まれているように暖かい。そうか、かまくらの中にいたのか。外気から身体を守る断熱効果の働きを、雪の壁が担ってくれているお陰で、寒さを感じることはなかった。頬に当たる風や、顔に滴る雫となった雪の冷たさから解放され、穏やかな心地だった。

 いつの間にか、左腕に抱えていた美雪が居なくなっていた。背中の重石も今は感じない。代わりに、僕は懐かしいカバンを背負っていた。もう10年も昔のことだったか。会社にも出かける時も、友人と出かける時も、いつも一緒で便利だったコイツを久しぶりに見た。

 一体ここは何処だろう。家の横の雪山に埋まったのだろうか。ここから出るにはどうしよう。身体の周りの雪を手で掻き分けて、なんとかその場で正座した。ここから出なければならないことは、分かった。

 雪の深さはどれくらいだろうか。僕は、頭より少し前方辺りの雪を掘り始めた。せめて立ち上がれるようにと。そして、出口への階段を作り始めたのだった。きっと直ぐに見つけてもらえるだろうが、じっとしているのは辛かったのだ。

 前方の雪を掘り始める。始めは体力、気力共に満たされていて、動くことが平気だった。
 しかし、掘ることを繰り返すうちに、手袋に水が染み込み、指先が霜焼けのように痛い。更に、ふわふわの雪と氷の層が交わり、階段を作ることが難しい。
 何より、何もない誰もいないところで、掘る作業を続けると、真っ暗闇の中での孤独感が募り、不安になる。そのためか、上の位置が合っているか、地上に辿り着くのか、疑問を持つべきではない点に疑念が湧く。

 時間に換算するとどのくらいだろう。僕はひたすら掘り続け、階段をようやく二段作ることが出来た。
 喉が渇いたから、手のひらに固まった雪を、身体の温度で温めてそれを飲んだ。きっと大丈夫。僅かな水分が僕の心を落ち着かせた。

 一人でいると、時の長さが余りにも長い。時間を消費すべく、少し寝たいと思うが、凍死するのではないかと思い、恐ろしくて寝付けない。
 「冬子、早く見つけてくれ。」と祈る。それから、背負っていたカバンを膝に抱え、階段に座り込んだ。そうすると、また背中に重石が乗った様な感覚に襲われ、僕は何かに抑え込まれた。「痛い。」思わず、僕はカバンをぎゅっと抱きしめた。
 「そうだ、このカバン。」

 相棒の様に毎日一緒に過ごしていたこのカバンは、昔、同級生がプレゼントしてくれたものだった。
「ペットボトルを入れられるサイドポケット付きのカバンにしたんだ。」
と、脱水症状で倒れた僕を思いやっての贈り物だった。そんなお守りみたいなカバンを手放したのは、あの日からだった。

 僕は、無意識に左肩を見た。
 「君、陽太なのか?」

 左肩から向けられる鋭い視線は、雪を氷に変える。まるで氷柱が刺さるように、僕を見た。僕もまた彼を見た。何かを発しなければならない。言わなければならない思いが溢れる。しかし、言葉が出ない。
 「違うんだ。」
 そんなことを言うつもりはなかったが、命を奪われるのではないかという恐怖心で心臓が破裂しそうになり、保身に走ってしまった。僕はまた間違えた。

 黒い塊は、一層重くなり、「ゴキッ」という鈍い音が背中から聞こえた。肋骨が折れたのだろう。痛みで声が出なくなる。奥歯を噛み締め痛みに耐えるようとするも、苦しい。微動だにできなくなったが、呼吸を止め続けることはできない。少しずつ、呼吸を始めた。

 息を吐く時、「ふーっ」というため息声を入れると、少し痛みが和らぐ感じがした。痛みのせいで、僕は冷静を取り戻した。視線を左肩に戻す。

 「すまなかった。でも違うんだ。」

 そう言うと、さらに背中が重たくなった。僕は座っていられず、前のめりになった。痛みに耐えるため、奥歯で歯ぎしりをした。ぎゅっぎゅっという鈍い音は、まるで痛みを音に変換した様であった。
 「ここから逃げたい。」と思った。僕は、自分の罪を認めることは出来ない。なぜなら、僕は美雪の父親なのだから。父親であるということが、一層保身に走り、身体にエネルギーを湧き起こした。

 僕は、階段を作る。3段、4段、ここから脱出しなければならない。這いつくばりながら、無我夢中で、階段を作った。集中したからこそ身体中の痛みを耐えることができた。

 少しばかりの階段を登る。着くに違いないと思いたかった。しかし、外光を全く感じない。上が何処にあるのかもわからない。ただただ暗闇の中を藻掻いていた。身体の動きも鈍ってきた。特に下半身から下が動かない。痛みに耐えて上昇ようとする上半身の意欲に、下半身が付いてきていない。

 不意に、左肩を下げてしまった。這い上がろうとしたが、動かなくなったのだ。伸ばした右手は天には届かなかった。
 僕は、相変わらず、悍ましい視線の中にいた。必死で雪を掻き分けたのに、陽太から逃げることは叶わなかったのだろう。

 「悔しかったんだよ。」

 息を吐きながら、僕は罪を認める様な言葉を言ってしまった。その時、光が差すように陽太の心が少し開いたのを感じた。それはまるで、僕を孤独から開放させるような感覚にした。だから僕は話し始めてしまった。

 「毎日、一緒に過ごしていただろう。陽太の家を溜り場にしていたのに、彼女のところばかり行くようになって、飲み会にもイベントにも来ない。面白くないじゃないか。」

 そこまで言った。しかし、その後が続かない。僕は頬を伝わる涙を感じた。僕だって、本当は陽太を失いたくなかったのだ。なのに居なくなったのは陽太の方からじゃないか。

 階段をまた作り始める、出来た段差を這うように登る。呼吸をすることすら耐えられないほど、痛みが深くなってきた。骨に響いているのだろう。だから一回の呼吸を深く長く続けた。身体中の痛みと痺れはまるで、僕の身体のものではないように感じる。雪の上を動くと、ぎしっぎしっと、雪が固まる音がする。その音を聞いていると、まるで固まる土の上を歩いているかの様にも感じた。

 「あー、そうか、あの時の陽太の痛みが乗り移ったのか。」

 と不意に思った。僕の身体は、僕のものではない。陽太もこうやって土壌を登ろうとしたのか。

 「ほんの悪ふざけでした。」
 僕たちは、警察にはそう話した。
 しかし、本心では、「自分たちを蔑ろにして、女と結婚なんて、面白くない。僕たちを無視する奴なんて、痛い目に遭えばよい。」と思っていたから、流す涙は、懺悔ではなく、保身のためだった。結果として僕たちの行動は問われず、不慮の事故として処理され、起訴はされなかった。

 「結婚のサプライズをしよう。」と言って呼び出せば良い。僕たちはグラウンドに大きな穴を掘った。

 この頃の僕たち3人は、既に陽太に相手にされていなかった。メッセージを送っても読まれることもなく、会いたいときには待ち伏せするしかなくなっていた。しかし、無視をされればされるほど、僕たちは陽太を付追いかけた。それはもうどんなに拒絶されても止めることが出来なかったんだ。SNSで、「今、トイレに入った」「ハンバーガーショップで発見」という発信を続けた。仲良し4人組はずっと4人でいなければならないルールを作ってそれを正義にした。

 僕たちは陽太が好きだったのだ。もちろんそれは恋愛感情ではない。しかし、おおらかで優しい陽太の心遣いが既に僕たちの心に浸透しており、陽太を手放すことが出来なくなっていたのだ。

 陽太の優しさは、人の心を奪っていた。

 「こんな仕事、どうでも良い。」
 と投げやりになれば、
 「お前はそんな奴じゃないだろ。」
 と言って、同じ話を3日も4日も聞いてくれる。

 一人でいれば、後ろから脅かすように声をかけてくれた。

 誕生日や就職祝いは、さり気なく必ず何かをやってのけてくれた。日ごろの何気ない会話から相手がもっとも望む物を把握し、贈ってくれた。時には、後輩との仲直りのチャンスだったし、僕が今持っているカバンもその1つだった。

 だから、陽太は人から深く愛され、思いやってもらえる人であった。彼女ができて当たり前だった。しかし22歳の僕はそれを許せず、嫌がらせを繰り返した。

 陽太が留守の時に部屋に入り、陽太の部屋で打ち上げ花火をやった。天井に穴が空いたが、そんなことは構わない。僕たちのたまり場である陽太の家を占領した彼女の存在がいけなかったのだから。

 彼女がいる陽太の家に押しかけて、陽太のパンツを穿いてやったこともある。
 その時の陽太の、唇を震えさせた悲しみが溢れる表情は、今も忘れられない。何も言わず、僕たちが悪ふざけする様子を、ただ立ってみていたんだ。あれが陽太とまともに対話した最後だった。

 僕たちの嫌がらせは、止められなかった。陽太が引っ越して、彼女と暮らし始め、結婚することを知った。その時感じた、まるで殴られた様な衝撃は今も心に残っている。だから、僕たちは、彼女を連れ去って、陽太を呼び出させたんだ。

 夜9時だといのに、陽太は走ってやってきた。僕たち3人は、罪悪感ではなく、やっと陽太に会えた喜びでいっぱいだった。半年ぶりくらいだろう。グラウンドに、ハート型に落ち葉を撒いておいた。その真ん中に2人を立たせようとした。陽太の妻、紗季(さき)は、固まったまま、

「陽ちゃん、呼んでごめん。嫌だったよね。一人で逃げれなかったの。ごめん。」

 と泣きながら謝る。陽太は岩のように動かない妻の手を取ろうとしたが、僕たちが弾いた。

 面白くない。

 僕たちは、この時、目配せをしたんだ。僕以外の男2人は、軽々と陽太の妻を持ち上げて、ハートのん中に着地する様に投げた。あっと言う間の出来事だった。陽太の妻は落ち葉の真ん中から、どーんという音をたてて落下した。声は聞こえなかった。

 「紗季!」

 そう言って、穴のそばにふらふらと寄って行った陽太の背中を僕は思いっきり押した。

 「ぐわっ」

 と唸り声の後、人と人とが衝突した様な鈍い音がした。一瞬、僕たち3人は目を合わせたが、誰も何も言わなかった。

 そして、グラウンドを後にした。

 雪を掻く。その指先は、既に感覚がない。左肩に乗っかっている黒い何かが少しずつ重くなる。両膝から下は体の一部とは思えない。焼けるような痛みの後、もはや付いていない様に感じ始めた。熱い。寒いのに熱い。
 この痛みは、きっとあの時、陽太が感じたものと同じだろう。泳ぐように、もがくように身体を動かすが、前進していない。

 「仕方なかった。陽太が無視したのだから。」

 と呟きながら涙が流れた。本音は違う。かまくらの中に心を置き去りにしたように、本当の思いを吐き出せないせいで、世の中と遮断されてしまっていた。
 しかし、本音を言ってもどうにもならない。手遅れだ。僕は、唸りながら、雪を少しずつ除けることしか出来なかった。

 荒くなった息のせいで、折れた肋骨が一層痛む。冷せば治るのではないかと、腹と背中に雪を付けた。身体中を冷気が襲い、眠気が走る。目を閉じて眠りにつきそうになると、身体から心が抜けた感じがした。痛みが、和らいだのだ。身体が宙に浮くように楽になった。

 「僕は、陽太が好きだった。」

 僕がふとそう言うと、ほんの少し、肩が軽くなった。この時、これが最後だろうと僕は感じた。

 「僕は、僕の意思で陽太を殺した。」

 それを言うと、身体の力が抜けた。僕は、眠りについた。



 「ズー ズー」

 僕、啓太郎(けいたろう)は、吐く息の音で目を覚ました。が、手足が動かない。まるで首から下がセメントで固められているかの様にピクリともしないのだ。だから、黒目だけを動かし、音の方へ目をやった。その瞬間、鼓動が走り、目を大きく見開いてしまった。

 「そんなことがあるなんて。」

 音にはならない大きな声で叫んだ。そう、その横には、人工呼吸器を着けた美雪が眠っていたのだった。

 叫ぼうとするが、声が出ない。それはまるで全身に黒い塊が乗って、金縛りにあっているが如くだった。額から汗が滴る。それを、横にいた女性が丁寧に拭いた。冬子だった。

 「あー」と僕は思った。陽太、ごめん。ごめん。かまくらの中に居るように、息ができない。ごめん。瞼から涙が滴る。冬子が、

 「大丈夫?」

 と言い、押したナースコールで駆けつけた医者と言葉を交わす。どうやら美雪は、僕の下敷きになり身体のあちこちを骨折したらしい。意識が回復するかも分からない。
 そんな説明が聞こえた。それから医者は、僕の方を見て、

 「わかりますか?」

 と言った後、人工呼吸器を少し持ち上げた。罪からは逃げられない。それを認めなければ、罪が僕を覆い潰すだろう。

 「あー、なんてことをしたのか。僕なんです。僕が、落とし穴を掘って、陽太を突き落として、殺しました。」

(致死量の悔恨 第1話 かまくらの中 了)


第2話
作成中


第3話
作成中


第4話 イチョウに乗せた伝言


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