植物には妖精がいる?①
自分と植物の出会いはいつだろう。
去年から、なぜか植物にハマったというのが正しい。
実は10年ぐらい前にも一度、植物にハマっていた気がするが、覚醒したのが、去年である。
どちらかというと、植物を枯らしてしまう人間であった。
今まで生涯に2度くらい、可愛いベンジャミンの木を買った。
植物に対して、可愛い、自分の部屋に、欲しいと思うそのタイミングはなぜか突然訪れる。
しかし、その後、シゴトや私生活が忙しくて、世話を忘れる。
ハッと気が付いた時には、ベンジャミンは枯れて死んでいる。
そんなことが2回ぐらいあった。
家を建てた時に、とても大きなパギラ君を住宅屋さんからいただいたが、枯らした。直近でも、5年ぐらい前に、クリスマスっぽいと買ったシダークレストを一個、枯らした。
この記事を書いている間に、今、次々に、自分の悪行を思い出した!
自分の母親は、植物が好きな人で、人参の頭のあたりとかよく台所に葉が生えるまで置いておいたり、色んなものの世話をして、花も時々飾っていた。父は、若くして結核で亡くなったのだが、母からは、父に、
「いつまでも花を飾る君でいてね」というような言葉をもらっていたという話を聞いたことがある。
母は、植物を育てるけれど、自分は殺しちゃうんだなあと、なんとなく決めつけて思っていた。
しかし、去年、図書視聴覚部にいて、3人だけの分掌だが、
「カフェの様に居心地のいい図書室を作りませんか?」という方針が立った。本を沢山読む生徒を育てるためには、まずは図書室が居心地のいい、訪れたくなる場所である方がいい。
そこで、男子更衣室に、意味不明にいっぱいあった黒い重厚なソファとかを、図書室に運び込んで、あちこちに設置してみた。今まで、書棚の間に、椅子はあったけど、パイプ椅子のような味気ない椅子だけ。
ソファというからだが沈み込む椅子。
かなり、イメージ違うんじゃないかしら?
あと、カフェの様に素敵な音楽が常に流れているのがいい。
youtubeで、ジャズなどをかけっぱなしにした。
これは開館から閉館まで、かけっぱなしにしたので、仕事をしている時も、音楽が聞こえる環境で仕事をすることになった。
そして、カフェといったら、素敵なカフェやレストランには、テーブルに一輪の花とか何か飾ってないだろうか。
そんなイメージがあって、花を飾ろうと思いついた。
しかし、自分の家に、そんな花盛りの庭は、ない。
よし、これは野の花でいいんじゃないのかな?と、毎日の散歩で、ただの花を摘むことにした。川端の、誰の庭でもない野原みたいな場所である。
一応、自分の中のルールはある。
100本ぐらいわんさかと咲いていたら、少し、失敬してもいい。
そんな緩いルールで、毎日、学校の図書室や、学習室の机に、花を飾った。そして、飾ったからには、責任を持って、水を取り替えたり、植物の世話をしなければならない。
それが、カフェの店主の務めであろう。
正直、自分の中でも大きく変わったのがこの部分で、今まで、花を頂いても、毎日、水をとりかえたり、枯れていく花の世話をすることが、とても面倒だなと思っていたのである。
しかし、その、刻刻変化していくこと、自分が摘んだ花の命を最後に看取るということ、花の世話をすることが、まるで面白くなってしまった。
だから、出勤しては、図書室のカーテンを開け、音楽をかけると、花の水を取り替え、花瓶を変えては別の場所に移動して、と一年間花を飾り続けた。自分でも、この花仕事に、一日、何時間費やしているんだろうと、可笑しく思ったことも有る。
朝、花を摘むのに1時間。職場に行ってから、水を取り替えるのに1~2時間かかっていた。何をしてるんだろうな、自分?と不思議に思っていた。
(つづく)