見出し画像

音楽の力✧♡

 最近、ランボオの顔なのか人生なのか詩の力に気が付いたが、新しく知り合ったnoterさんの記事や、秋田ひろむ(amazarashi)のコンサート(11月30日)も近づいてきてアンテナが、とても、音楽の方に振れている。
 

 バカラックという名前は聞いたことがあったが、この2つの記事に出てくる「雨にぬれても」と「Close to you」を聴いてみると、どっちも好きだという歌が、同じ作曲家だというのは、全く知らなかった。

 教えてくださった土谷さんに感謝(⋈◍>◡<◍)。✧♡

 しかも、この「雨にぬれても」の映像のポール・ニューマンとロバート・レッドフォードの魅力的なこと!「明日に向かって撃て」を私は観ていないが、この編集された映像だけで、この映画の魅力を堪能した気になる。男2人と女1人の物語は、昔から、鉄壁の物語だ。
 今、歌詞を検索してみたら、「自分の身に降りかかり続ける憂鬱な出来事を雨粒(Raindrops レインドロップス)に例えながら、それでも僕は負けない、もうすぐ幸せはやってくる、僕は自由なんだ、何も心配ないさと前向きなメッセージがつづられている。」という歌らしい。
 今、面白いと思ったのは私がコンサートを楽しみにしているamazarashi「バンド名は「日常に降りかかる悲しみや苦しみを雨に例え、僕らは雨曝しだが“それでも”というところを歌いたい」から名付けられた。
 小さなシンクロニシティが不思議!

 以下に、私の音楽歴を書いてみたが、自分が名前を知らないものは網羅されていない。
 特に映画音楽
 山のように映画音楽を聴いていたかも。ブルース・リーが好きだったから「燃えよドラゴン」の曲とか(映画はオトナになってみると、どれもいかにもお粗末w)映画音楽は確かに自分の過去にある。音楽を覚えているのは「愛情物語」「スティング」「男と女」「ゴッドファーザー」ぐらい。

 一体、意識せずに受け取っていた音楽はどれぐらいあるのだろうか?

 私の音楽への興味を振り返ってみると、成長と共に、どんどん複雑で大人びた方に、ジャンルが進んでいく気がする。

 〇は、テレビやラジオで聞いていたもの。 
 ☆は、明らかにアルバムを買ったりしてハマっていたもの。特には太字

小学生時代

〇歌謡曲(郷ひろみ、西城秀樹、沢田研二)
〇フォーク(吉田拓郎、かぐや姫、チューリップ、イルカ)

中学生時代

☆ニュー・ミュージック(ユーミン、斎藤哲夫
☆ロック(キャロルや矢沢永吉
☆外国のロックやポップス(ビートルズ、カーペンターズ)

高校時代

☆UKロック(デビット・ボウイ、クイーン、スタイルカウンシル等)
〇ハード・ロック(レッド・ツェッペリン)
☆ニュー・ミュージック?(はっぴいえんど、ティン・パン・アレー、シュガー・ベイブ、山下達郎、鈴木茂、大瀧詠一、大貫妙子、吉田美奈子)

大学時代

☆ソウル?(マイケル・ジャクソン、マービン・ゲイ、スティービー・ワンダー、アル・ジャロウ、ジョージ・ベンソン、ミニー・リパートン)
☆AOR:アダルト志向のロック(ボビー・コールドウェル、ボズ・スキャッグス、スティーリー・ダン等)
☆ジャズ(チェット・ベイカー
〇ジャズ(マイルス・デイビス、ビリー・ホリディ他)
〇インストゥルメンタル(カシオペア)

職業人時代

☆ブラジル音楽(カエターノ・ヴェローゾ(タイトル写真)、ガル・コスタ、ジョアン・ジルベルト、ジルベルト・ジル他)
マイケル・ジャクソン(すべてのアルバムを持つ)
☆邦楽ロック(amazarashi

 ざっくり適当にジャンル分け。

 社会に出るまでは、音楽が重要だった。
 起きてから寝る時まで聴いていた。
 働いてから買った音楽は本当に少ない。

 なんだろうこれは。

 社会人っていう、どこか鎧を被った姿で、センシティブな音楽に触れるということを、どこか避けてきたのかもしれないと思う。

 でも、自分の音楽の趣味で言えることは、圧倒的に、男性ヴォーカルが好きだという事。自分が女だからだろうが、自分を包み込んでくれる素敵な男性ヴォーカルの声が好きだ。

 音楽は、自分の中心に、あっという間に届くので、理屈を越えて、そのアーチストを支持する。そして、脳みそが何も理解してないうちに、作った人の悲しみや慟哭が届くことがある。

 今まで、そんな経験をしたことは何回あるだろうか。

 マービン・ゲイの「ホワッツ・ゴーイン・オン」を八甲田の山を越えながら聞いた。このアルバムは、ただ耳当たりのいい曲だと思っていたが、朝、起きたばかりの、何も考えていない清浄な精神で聞いた時に、涙がポロリとこぼれた。驚いて、このアルバムは、何?と背景を調べたら、反戦の歌であることを知る。その涙がこぼれたのは、マービン・ゲイの叫びが、私に、理屈抜きに届いた瞬間だった。
 マービンは女性たちのセックス・シンボルとして売り出されており、こういった歌はレコード会社は欲していないのだ。彼にはこの歌と逆の笑えるくらい軽薄な曲がある。マービンの歌声はレコード会社の思惑を越えて、皆に届いた。

 私は美術を専攻したが、1枚の絵で、涙がこぼれるようなそんな体験はない。私がまだ出会っていないのか、それとも、音楽と美術は、たぶん、全然、違う芸術なんだろう。

 美術は、多少ヘタでも許される。美術教師だったので、一生懸命描いたいい絵というのが存在すると感じた。

 しかし、音楽は、ヘタだと聞くに堪えないという上級者の芸術だと思わないでもない。
 だが、ただ、上手であっても、それだけでは面白くない。やはり、演奏に人間が出るらしい。ダンナは音楽を嗜むが、街角ピアノをテレビで観ては、この人はかっこいいとか、全然、ダメとか批判している。
 私は、素人だからわからないが、人をホメないダンナが褒めているから、良いのだろうと共に、テレビを観る。

 音楽も美術も、将来の職業として選ぶには、親が、反対しがちだが、どちらも古代から人間に根付いてきた本能的な活動だ。

 それが生きる糧になるかどうかは別として、生きていくために必須な活動であることは確か。そういう抜き差しならない大切なモノとしての音楽。

 妻が死んだという何の慰めも敵わない理不尽な悲しみに、音楽を聴いて、ひたすら時をやり過ごしたという知人がいた。
 そうだ。確かに、音楽にしか癒せない悲しみがある。親切な言葉はむしろ要らない。ただただ寄り添ってくれるメロディにいつのまにか癒されていた。本当に不可思議な芸術だ。

 そんな音楽について考えてみた日✧♡